第13話 今日は、こちらで処理します


 朝、目が覚めた。


 胸の奥の空白は、

 もう“空白”と呼ぶほど目立たなくなっていた。


 最初から、

 そこに何もなかったみたいに。


「……行くか」


 それで、一日が始まる。



---


「おはようございます、先輩」


 学食。

 相沢しずくは、席に着いたまま俺を迎えた。


 今日は、

 いつもの“確認完了”もなかった。


 代わりに。


「今日は、

 こちらで処理します」


「……何を?」


 軽く聞き返す。


「先輩に関係する、

 細かい判断です」


「細かい判断?」


「講義の選び方とか。

 提出順とか。

 人との距離感とか」


 あまりに具体的で、

 一瞬だけ言葉に詰まる。


「そこまで?」


「はい」


 相沢は、穏やかに続ける。


「先輩が直接やると、

 どうしても迷いますから」


 ――迷う。


 確かに、そうだ。


「私がまとめて処理した方が、

 結果が綺麗になります」


「結果、って」


「問題が起きない結果です」


 その言い方は、

 もう説明じゃなかった。


 運用だった。


「先輩は、

 今まで通りで大丈夫です」


「今まで通り?」


「言われた通りに動いて、

 言われなかったことはしない」


 それを聞いて、

 胸が軽くなる。


「……楽だな」


「はい」


 相沢は、

 当たり前のように頷いた。


「先輩が楽な状態が、

 一番安定します」



---


 その日、

 俺は“選ばなかった”。


 昼の講義をどれにするか。

 帰りにどこへ寄るか。

 誰に話しかけるか。


 全部、

 相沢の短い言葉で決まった。


「今日は、

 その講義だけで」


「了解」


「寄り道は、

 しないでください」


「分かった」


 迷わない。

 考えない。


 ただ、

 通す。


 それが、

 妙に気持ちよかった。



---


 夕方。


「先輩」


「ん?」


「今日の結果、

 とても良かったです」


「結果?」


「はい」


 相沢は、

 ノートを開く。


 久しぶりに、

 ちゃんとした記録。


「判断ミス、ゼロ。

 衝突、ゼロ。

 想定外、なし」


「……それ、

 俺がやったのか?」


「先輩が“通過”した結果です」


 その言い方が、

 なぜか正しい気がした。


「通過、ね」


「はい」


 相沢は、

 静かに言う。


「先輩は、

 何も間違っていません」


 それは、

 最高の評価だった。


「じゃあ、

 明日も?」


「はい」


 迷いはない。


「明日も、

 こちらで処理します」


「頼む」


 その言葉が、

 もう完全に

 委任だった。



---


 帰り道。


 俺は、

 自分が何をしたか、

 ほとんど覚えていない。


 でも、

 問題は起きていない。


 誰も怒っていない。

 何も失敗していない。


 それでいい。


 それがいい。


「……楽だな」


 もう一度、

 同じ言葉が口から出た。


 その“楽”が、

 自分が要らなくなった感覚と

 同じものだと気づくには。


 まだ、

 時間が必要だった。



---


※この回の確定事項


判断だけでなく結果処理が外部化


主人公は“実行体”に固定


成功の定義が本人の感情と切断


「通過」という概念が導入される




---


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