第11話 今日は、こちらで預かります


 朝、いつも通り目が覚めた。


 能力の感触は、あった。

 でも、それがどこにあるのか――

 はっきりしなかった。


 自分の中、というより。

 少し外に寄っているような、変な感覚。


「……まあ、いいか」


 そう思えるようになった自分に、

 もう驚きはなかった。



---


「おはようございます、先輩」


 学食。

 相沢しずくは、先に席に着いていた。


「確認、終わってます」


「了解」


 挨拶は、それだけで十分だった。


 トレーを置き、

 席に座る。


 そのとき、

 相沢がふと俺の手元を見た。


「先輩」


「ん?」


「今日は、

 能力の影響が

 少し強めに出ています」


「そうなのか?」


「はい」


 彼女は、穏やかに続ける。


「先輩が直接扱うと、

 ブレやすいタイプです」


 その言い方は、

 もう何度も聞いている。


「じゃあ、

 どうすればいい?」


「今日は」


 相沢は、

 ほんの少しだけ声を落とした。


「こちらで預かります」


「……預かる?」


 その言葉に、

 一瞬だけ引っかかる。


 でも、

 嫌な感じはしなかった。


「どういう意味だ?」


「先輩が意識しないように、

 私の方でまとめます」


「まとめる?」


「はい」


 相沢は、

 自分のカバンを軽く指で叩いた。


「一時的に、です」


 その仕草が、

 なぜか“自然”に見えた。


「先輩は、

 いつも通りでいてください」


「……それでいいのか?」


「はい」


 迷いのない答え。


 それが、

 最近一番信用できるものだった。


「分かった」


 俺は、

 あっさり頷いた。


「任せる」


「ありがとうございます」


 相沢は、

 深く頭を下げることもなく、

 ただ微笑んだ。



---


 その日、

 俺は一度も能力を意識しなかった。


 講義も、

 移動も、

 食事も。


 何も起きない。


 でも――

 引っかかりもない。


 むしろ、

 頭の中がすっきりしている。


「楽だな……」


 それが、

 正直な感想だった。



---


 夕方。


「先輩」


 帰り際、

 相沢が声をかけてくる。


「今日は、

 このままで大丈夫です」


「もう返してくれるのか?」


「いえ」


 一瞬だけ、

 言葉が途切れる。


「今日は、

 そのままにしておきます」


「……そうか」


 俺は、

 なぜかホッとした。


「明日でいい?」


「はい」


 相沢は頷く。


「明日の方が、

 状態が安定します」


 安定。


 それを聞いて、

 疑問は消えた。


「じゃあ、

 また明日な」


「はい」


 相沢は、

 自分のカバンを

 しっかりと肩にかける。


「お預かりします」


 その言葉を、

 俺は聞き流した。


 能力のことだと、

 疑いもしなかった。



---


 帰り道。


 胸の奥に、

 少しだけ空白がある。


 でも、

 嫌じゃない。


 考えなくていい。

 選ばなくていい。


 誰かが、

 代わりに持ってくれている。


「……悪くない」


 そう思えた時点で、

 もう戻れない場所に

 足を踏み入れていることを。


 俺は、

 まだ知らない。



---


※この回の確定事項


能力が**「預かれるもの」になる**


物理的な所持の示唆が初登場


主人公は喪失感を安堵として受け取る


「一時的」が疑われない




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