第8話 確認は、私がします


 朝、目が覚めたとき。


 俺は、自分に何の能力があるのか――

 知ろうとすらしなかった。


 それが不安じゃないことに、

 少し驚いた。


 だって、もう。


 知らなくても困らない。



---


「おはようございます、先輩」


 学食。

 相沢しずくは、いつも通りの席にいた。


 今日は、ノートもペンも出ていない。

 代わりに、

 スマホの画面を一度だけ見てから、

 顔を上げる。


「今日は、

 少しだけ注意した方がいい日です」


「え?」


 その言い方に、

 思わず反応してしまう。


「何かあったのか?」


「大きなことは」


 相沢は首を横に振る。


「でも、

 先輩が自分で判断すると、

 ブレが出そうなので」


 その言葉を、

 俺は自然に受け取った。


「じゃあ、どうすれば?」


「いつも通りで」


「……いつも通り?」


「講義に出て、

 余計なことはしない」


 それは、

 ここ数日ずっと言われている内容だ。


「能力は?」


「私が確認します」


 あまりに当然の口調だった。


「……どうやって?」


「いくつか方法があります」


 具体的な説明は、なかった。

 でも、

 聞かなくてもいいと思えた。


「先輩が知る必要はありません」


 相沢は、はっきり言った。


「知ると、

 使おうとしてしまいますから」


 その理屈が、

 妙に正しく聞こえる。


「そっか」


 俺は、すんなり頷いた。


「じゃあ、

 今日は何系?」


 一応、聞いてみた。


 相沢は、一瞬だけ間を置いてから答える。


「今日は、使わない方がいい日です」


「またそれか」


 笑いながら言うと、

 彼女も少しだけ笑った。


「はい。

 最近、多いですね」


「当たり外れあるんだな」


「あります」


「でも、

 外れでも問題ない、と」


「はい」


 相沢は、迷いなく言う。


「先輩が無事なら、

 それで十分です」


 その言葉を聞いて、

 胸の奥がじんわり温かくなる。


 ――守られてる。


 そう思えた。


「じゃあ今日は、

 相沢に全部任せるわ」


「ありがとうございます」


 彼女は、

 小さく頭を下げた。


 その仕草が、

 役割の確定みたいに見えたことに、

 俺は気づかない。



---


 食事中、

 相沢は一度もメモを取らなかった。


 でも、

 何かを“見ている”感じはあった。


 視線。

 間。

 質問の仕方。


 俺が箸を落としかけたとき、

 彼女は何も言わなかった。


 結果、落とさなかったからだ。


 それだけで、

 十分だった。



---


 別れ際。


「先輩」


「ん?」


「これからは、

 能力の確認は私がしますね」


 確認。


 その言葉が、

 いつの間にか

 当たり前の業務みたいに聞こえる。


「先輩は、

 普通に過ごしてください」


「それが一番?」


「はい」


 相沢は、微笑んだ。


「一番、安定します」


 安定。


 もう、その言葉に

 何の引っかかりもない。


「じゃあ、

 また明日」


「はい」


 相沢は、いつも通り手を振る。


「明日も、

 私が見ておきますから」


 その言葉を、

 俺は“優しさ”だと思った。


 管理だと気づかないまま。



---


※この回の確定事項


能力内容の把握が完全に外部化


主人公は「知らない方が楽」状態に到達


しずくが確認者として固定


役割分担が“日常”になる




---

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