第7話 聞かなくなる日
朝、目が覚めたとき。
俺は、能力のことを考えなかった。
それに気づいたのは、
歯を磨き終えて、
玄関で靴を履いてからだった。
「あれ……」
いつもなら、
起きた瞬間に確認していた。
今日は何ができる?
今日はどんな力だ?
でも今朝は、
それが頭に浮かばなかった。
代わりにあったのは、
「……まあ、いいか」
という、軽い感覚だけだ。
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学食に着く。
相沢しずくは、いつもの席にいた。
ノートは閉じたまま、
俺の方を見ている。
「おはようございます、先輩」
「おはよ」
それだけの会話。
――あれ?
俺は、トレーを置いてから気づく。
聞いていない。
「先輩?」
相沢が、首を傾げる。
「今日は、
何か変わった感じありますか?」
彼女の方から、聞いてきた。
以前なら、
この質問を合図に
俺が説明を始めていた。
でも今日は。
「んー……特に?」
そう答えていた。
「昨日と同じ感じで、
普通」
「そうですか」
相沢は、それだけ言った。
否定もしない。
訂正もしない。
ペンも取らない。
その反応が、
妙に心地よかった。
「能力、分からなくてさ」
俺は、少しだけ言い訳するように続ける。
「でも、
別に困ってない」
「はい」
相沢は、即答した。
「それなら、
問題ありません」
――問題。
その言葉に、
引っかかりはなかった。
だって、
実際に困っていない。
「今日は、
何かする予定ありますか?」
「講義と、
レポート少し」
「それなら、
昨日と同じでいいですね」
「だな」
俺は頷く。
「相沢が見てくれてるなら、
安心だし」
そう言ってから、
少しだけ間が空く。
相沢は、
その言葉を繰り返さなかった。
ただ、
小さく頷いただけだ。
「はい。
見ています」
その言い方は、
不思議と静かだった。
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食事を終えても、
俺は能力の話をしなかった。
話題は、
講義の内容とか、
レポートの締切とか。
普通の会話。
それが、
こんなに楽だとは思わなかった。
「先輩」
「ん?」
「最近、
説明してくれなくなりましたね」
責める口調じゃない。
事実確認みたいな声だった。
「あー……」
俺は、少し考える。
「必要ないかなって」
「どうして?」
「相沢が分かってるし」
そう言うと、
彼女はほんの一瞬、目を伏せた。
すぐに、元に戻る。
「ありがとうございます」
その言葉が、
なぜか“ご褒美”みたいに聞こえた。
「楽なんだよ」
俺は正直に言った。
「毎日説明するの」
「はい」
「自慢するのも、
ちょっと疲れてきてさ」
自分で言って、
少し驚く。
――疲れてたのか。
「無理しなくていいです」
相沢は、穏やかに言う。
「先輩は、
そのままで」
その“そのまま”が、
何を指しているのか。
俺は考えなかった。
考えなくていい、と思った。
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別れ際。
「じゃあ、また明日」
「はい」
相沢は、いつも通り微笑む。
「明日も、
同じで大丈夫ですから」
その言葉に、
違和感はなかった。
能力が何かを、
聞かなくなったことにも。
話題にしなくなったことにも。
それが、
自然になっていた。
俺はもう、
自慢しなくなっていた。
――その事実に、
気づく必要がないくらいには。
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※この回の確定事項
主人公が自分から能力を語らなくなる
主導権が完全にしずく側へ
「楽」「安心」が依存として固定
読者だけが“戻れない点”を理解する
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