第6話 今日は、何もしなくていいですよ


 今日は、能力が分からなかった。


 起きた瞬間も、

 歩いているときも、

 講義を受けている間も。


 何かがある気はする。

 でも、それが何かは掴めない。


 以前なら、不安になっていたと思う。

 でも今日は、違った。


「……まあ、いいか」


 理由は単純だ。


 考えなくていい、と決まっているから。



---


「先輩、今日は?」


 学食。

 相沢しずくは、もうそこにいた。


 ノートは開いていない。

 ペンも持っていない。


 代わりに、

 こちらを見る目が落ち着いている。


「分からん」


 俺は正直に言った。


「能力があるのは分かるけど、

 何をすればいいかは、全然」


「大丈夫です」


 即答だった。


「今日は、

 何もしなくていいですよ」


「……え?」


 その言葉は、

 少しだけ意外だった。


「本当に?」


「はい」


 相沢は、当たり前のように続ける。


「昨日も、一昨日も、

 先輩は“しない選択”で

 うまくいってます」


「まあ……確かに」


「今日は、

 それを徹底する日です」


「徹底、って」


「能力の確認もしない。

 使おうとも思わない」


 俺は、少し考えた。


 でも、

 嫌な感じはしなかった。


「楽だな、それ」


「はい」


 相沢は、少しだけ微笑む。


「先輩、

 最近ちゃんと休めてないので」


「そんなに?」


「はい。

 無意識に、ずっと判断してます」


 言われてみれば、

 能力が出てからずっと、

 頭のどこかが働きっぱなしだった。


「今日は、

 私が見てますから」


「……何を?」


「先輩の“状態”です」


 その言い方は、

 妙に安心感があった。


 監視、じゃない。

 見守り、だ。


 そう思えた。


「じゃあ今日は、

 普通に講義出て、

 帰るだけか」


「それで十分です」


「能力は?」


「気にしなくていいです」


 相沢は、はっきりと言った。


「先輩が意識しない方が、

 安定します」


 また、その言葉だ。


 安定。


 最近、

 それが一番嬉しい評価になっている。


「相沢がそう言うなら、

 今日はそれでいくわ」


 自然に、そう言っていた。


 もう、迷っていない。


「ありがとうございます」


 相沢は、そう言ってから、

 ようやくノートを開いた。


 書いたのは、短い一行。


 ――《非介入日》


 俺は、その文字を見ていない。


 見なくていい、と思っていた。


「先輩」


「ん?」


「今日、

 何も起きなくても」


 一拍。


「それは、

 “成功”です」


 その言葉に、

 胸がすっと軽くなった。


「そっか」


「はい」


 俺は、笑った。


「じゃあ今日は、

 成功だな」


 相沢も、静かに笑った。


 ――その“成功”が、

 何を基準にしているのかを、

 俺はもう考えなくなっていた。



---


※この回の確定事項


主人公が能力確認を放棄


「何もしない」が成功条件として固定


しずくが“見る側”に完全移行


主人公は安心している




---

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