第5話 じゃあ、相沢に任せる


 今日は、朝から妙に静かだった。


 能力があるのは分かる。

 でも、昨日までみたいに「これはこれだ」と言い切れない。


 何かができそうで、

 何もしなくてもいい気もする。


「……判断系、かな」


 そんな曖昧な言葉しか浮かばなかった。



---


「先輩、今日は?」


 学食。

 相沢しずくは、もう席にいて、

 ノートを閉じた状態で待っていた。


 今日は、ペンを持っていない。


「正直、よく分からん」


「分からない、ですか?」


「うん。

 何かができそうな気はするんだけど、

 何をすればいいかは浮かばない」


 そう言うと、相沢は少しだけ考えた。


 ノートを開かない。

 メモを取らない。


 代わりに、俺の顔を見る。


「先輩」


「ん?」


「今日は、

 “決めなくていい日”かもしれません」


「決めなくていい?」


「はい」


 その言葉は、

 不思議なくらい自然だった。


「能力が、

 先輩に“選択を求めてない”感じがします」


「そんなこと、分かるのか?」


「今までの傾向から、です」


 相沢は、淡々と続ける。


「先輩、

 最近どうですか?」


「どう、って?」


「能力のこと、

 考えるの、疲れてません?」


 図星だった。


 毎朝、能力を確認して、

 説明して、

 どう使うか考えて。


 楽しいけど、

 確かに少しだけ、負担もある。


「まあ……

 考えなくていいなら、楽だな」


 そう答えると、

 相沢は小さく頷いた。


「じゃあ、

 今日は私が考えます」


 あまりに自然な言い方だった。


「……何を?」


「先輩が、

 何をしない方がいいか」


「何を、しない?」


「はい」


 相沢は、机の上で指を組む。


「今日は、

 先輩が動くと、

 余計なノイズが入りそうです」


「ノイズって」


「判断のブレ、です」


 その言葉が、

 昨日までの会話と、きれいにつながる。


「じゃあ……」


 俺は、少しだけ迷ってから言った。


「今日は、

 相沢の言う通りにするか」


 言った瞬間、

 胸の奥がすっと軽くなった。


 ――楽だ。


 能力のことを、

 考えなくていい。


「ありがとうございます」


 相沢は、穏やかにそう言った。


「じゃあ、今日は」


 彼女は、指を一本立てる。


「講義は全部出る。

 余計な寄り道はしない。

 能力は、意識しない」


「了解」


「それだけで十分です」


 俺は、思わず笑った。


「なんか、

 マネージャーみたいだな」


「そうですか?」


「うん。

 任せてる感じがする」


 その言葉に、

 相沢は否定しなかった。


「任せてもらえるなら、

 その方がいいです」


「理由は?」


「先輩が、

 一番安全でいられるので」


 安全。


 また、その言葉だ。


 でも今日は、

 それが救いみたいに聞こえた。


「じゃあさ」


 俺は、何気なく言った。


「これから、

 分からない日は――」


 一拍。


「相沢に任せる」


 その瞬間。


 相沢しずくは、

 ほんの一瞬だけ、動きを止めた。


 ほんの、コンマ一秒。


 でも、確かに。


「……はい」


 すぐに、いつもの声に戻る。


「それが、一番いいと思います」


 彼女は、ノートを開いた。


 今日の日付を書き、

 その下に、短く一行。


 ――《判断委譲:開始》


 俺は、その文字を見ていない。


 見ていたとしても、

 意味は分からなかっただろう。


 だってこれは、

 ただの信頼だ。


 ただの、後輩との会話だ。


 そう思えるうちは。



---


※この回の確定事項


主人公が言葉にして判断権を渡す


しずくが初めて「考える側」になる


それが「優しさ」として成立している


誰も拒否していない




---


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