第4話 今日は使わないんですね


 今日は、能力の主張が弱かった。


 起きた瞬間に「分かる」感じはある。

 でも、昨日みたいに身体が軽いわけでも、

 一昨日みたいに頭が冴え渡るわけでもない。


「……なんだろうな、これ」


 集中すれば、ほんの少しだけ“間”が読める。

 人の動き、次の一言、タイミング。


 予知というほどじゃない。

 ただ、失敗しにくい。


「地味だけど……便利、か?」


 そう呟いて、大学へ向かった。



---


「先輩、今日は?」


 学食。

 相沢しずくは、いつも通りそこにいた。


「今日はな……

 なんて言えばいいかな」


「言語化、難しいですか?」


「うん。

 たぶん、“失敗しにくい”」


「失敗しにくい」


 相沢は、その言葉をそのまま繰り返す。


「具体的には?」


「行動する前に、

 なんとなく“これはやめとけ”って分かる」


「直感、ですね」


「近い」


 俺は箸を取って、味噌汁を一口飲む。


 ――こぼさない。

 ――熱すぎない。


 そういう些細なところで、

 引っかかりが消えている。


「使う場面、少なそうですね」


 相沢が、さらっと言った。


「まあな」


「今日は、

 無理に能力を使わなくてもいい日かもしれません」


「またそれか」


 笑いながら言うと、

 相沢は首を横に振る。


「否定じゃないです」


「じゃあ何だよ」


「選択です」


 その言い方が、妙に真面目だった。


「使わない、という」


「能力あるのに?」


「はい。

 あるからこそ、です」


 相沢はノートを閉じて、続ける。


「今日の能力って、

 “行動を減らす”方向に働いてます」


「減らす?」


「先輩、

 今日は何かしたいこと、ありますか?」


 急にそう聞かれて、俺は少し考える。


「……特にないな」


「ですよね」


「講義出て、

 レポート少しやって、

 帰るくらい」


「それで十分です」


 即答だった。


「派手に使わなくても、

 効果は出てますから」


「そういうもんか?」


「そういう日もあります」


 相沢は、ペンを持たずに言った。


「能力って、

 “使ったかどうか”じゃなくて」


 一拍。


「“失敗しなかったかどうか”

 の方が大事なので」


 その言葉に、

 一瞬だけ引っかかりを覚える。


 でも――

 言われてみれば、正しい。


「確かにな……」


 俺は納得してしまった。


「じゃあ今日は、

 普通に過ごすわ」


「はい」


 相沢は、満足そうに頷く。


「記録も、

 その方が綺麗になります」


「記録、取らないのか?」


「取りますよ」


 彼女は、ノートを軽く叩いた。


「“何も起きなかった”って」


 それを、

 “何もない”と呼ばない言い方が、

 少しだけ不思議だった。


「能力あるのに、

 使わなかった日、か」


「重要です」


「そうなのか?」


「はい。

 一番、安全なので」


 安全。


 その言葉が、

 なぜか胸にすっと収まった。


 安心、に近い。


「相沢がそう言うなら、

 今日はそれでいくわ」


 自然に、そう言っていた。


 彼女は微笑む。


「ありがとうございます」


 ――何に対しての感謝なのか、

 考えなかった。


 必要がないと思ったからだ。


「じゃあ、

 明日はどうなるかな」


「また見てみましょう」


 相沢は、当たり前のように言う。


「先輩の能力ですから」


 その言葉を、

 俺は“応援”だと思った。


 実際には、

 **“管理対象の継続確認”**だったとしても。


 今は、

 知る由もない。



---


※この回の仕込み


「使わない=選択」が肯定される


失敗基準が行動→結果にすり替わる


主人公が“判断を委ねる”準備段階に入る




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