第4話 斧を研ぐ

私が部屋に引きこもっていた時、部屋から出たくはなかったが、ほっぺたが腫れるほど歯が痛くなり、仕方なく母に付き添ってもらって歯科クリニックに行った時のことだった。


大きな待合室にはたくさんの子ども達がお母さんと一緒に順番を待っていた。


先生は子供の扱いがうまいのだろう。

お母さん達にも人気がある評判のクリニックだった。


そこには世界の偉人たちという子供向けの絵本がたくさん並べてあった。

何気なく私も一冊の本を手に取って見ていた。


その本のあとがきの所に偉人達の多くがキリスト教の信仰を持っていると書かれてあったのが気になっていた。


ヘレンケラー

ニュートン

モーツァルト

ガリレオガリレイ

野口英世


詳しくは知らないが名前だけは知っている。

聖書を愛読書としていた人達らしい。


なぜ彼らが聖書を読んでいたのか?

聖書の何処に惹かれているのか不思議に思っていた。


冷静に考えてみると確かにキリスト教信仰を持つ人たちの中から発見や発明が多く出てきている。


クラシックや絵画などの芸術の世界も例外ではない。

これは事実だ。


私は今自分がミッション系の大学に通っているにもかかわらず、キリスト教信仰についての知識を何も持っていないことが気持ち悪くて嫌だった。


せっかく憧れた大学で学んでいるのだ。

ミッション系に憧れを持っていたというのは表面上のことだけではないと思う。


心の奥で真実さを嗅ぎ取っていた気がする。

とにかく簡単に一言で言うと、クリスチャンという人種は何を信じているのか?


大雑把でいいので、外枠の骨組みだけでも分かっていたい。

今は恥ずかしいほど何も知らない。


大学に入ってそれを知りたいという気持ちがだんだん膨らんできていた。

しかし、あの分厚い聖書を読む気にはなれない。


おそらく聖書を最初から少しずつ読んでいっても混乱するだけだと思う。


そんなことを考えていた時、図書館に行って子供向けのあの待合室で見たような絵本から読んでみようとぼんやり考えるようになっていた。


それならできそうだ。

難しい本は嫌だ。

理解できなくなって、いやになるのは困る。


人間は所詮わかる範囲のことしかわからないと思う。

私は自分が今知りたいことだけに集中したい。


一言で言うとこれがキリスト教信仰だという簡単なわかり方だけでいい。

今はそれだけでいい。


他のことは後からついてくると思う。

一歩一歩確実にというのが私が大切にしている生き方だから。


今までそうして生きてきた。

この生き方に裏切られた事は一度もない。

後悔させられた事もない。


子供向けの絵本から始めてみよう。

それでいい。


決めた!


実行に移すんだ。

このままじゃ何も知らないままだ。


中学の時、近所に住んでいたアメリカ人のお爺さんから教えてもらったリンカーンの言葉を思い出していた。


[もし木を切り倒すのに6時間与えられたら、私は最初の4時間を斧を研ぐのに費やすだろう]


この心構えでやってみたい。

図書館で絵本を借りる前に1週間ほど時間をかけて、リンカーンのように心の準備をしてみたい。


だから1歩を踏み出す決心をした日から1週間まるまる斧を研ぐ時間に当ててみた。


自分の頭で必死に考えた。

出来ることはすべてやってみた。

キリスト教信仰とは何か?

それを自分なりに理解したい。


映美は信仰とは目に見えない世界のことなのでふわふわした無防備な心で向き合うことに懸命な恐れを持っていた。


世の中には怪しげな教えが蔓延っていることをよく知っている。


偉人達の多くがキリスト教信仰を持っているからという理由だけでは納得しないし飛び込まない。


自分の頭で自分の心でしっかり吟味してみたい。


決断は十分な準備をしてからだ。

ずーっと考えてきたキリスト教信仰とは何か?


答えを知りたい。

はっきりさせたい。

そのために心の斧を研ぎ澄ます時間を持ったのだ。


もしキリスト教が信じるに値する教えなら真剣に取り組んでみたい。

そうじゃなければはっきり聖書に背を向ける。

そう決めていた。

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