第10話:資料10【夜勤介護記録(ユニット日誌)】
日時: 12月4日(土)
夜勤担当: 介護職員 我孫子
オンコール担当(看護): 流山
01:30
巡視 2階フロア、消灯後の巡視。
全体的に不穏な空気が漂っている。
いつもは熟睡している八街様(90代男性)が、ベッド柵を握りしめたまま起き上がっていた。
「どうされました?」と声をかけると、焦点の合わない目で「下から、音がする」と床を指差す。
確かに、1階の厨房の方角から、重い機械音(ミキサー?)と、硬いものを無理やり砕くような振動が響いてくる。
こんな深夜に調理? 新人の成田くんが残業させられているのだろうか。
02:15
異変(八街様) 八街様の居室から、「ガリッ、ガリッ」という異音。
訪室すると、八街様が自分の左手の親指を噛んでいた。
爪を剥がそうとしているのではなく、骨ごと噛み砕こうとしているように見えた。
枕元は血だらけ。
すぐに制止し、ナースコールで相方の野田くんを呼んで圧迫止血。
バイタル測定不可(興奮状態)。
02:20
オンコール連絡(看護師:流山へ)
我孫子:「夜分にすみません。八街様が自傷行為で指を噛み、出血が止まりません。救急搬送の許可をください」
流山Ns:「(電話口で欠伸をしながら)ああ、八街さんね。救急車はダメ。呼ばないで」
我孫子:「でも、肉がえぐれて骨が見えてます!」
流山Ns:「それは怪我じゃないの。脱皮みたいなものだから。ガーゼ当てて、あとで『特製ムース(赤)』を食べさせておいて。厨房の冷蔵庫にあるはずだから。川井先生が用意してるやつ」
我孫子:「は? ムースですか? 指示箋にないですが」
流山Ns:「いいから。食べさせれば治るから。それより我孫子さん、厨房の中は見ちゃだめよ。冷蔵庫からそれだけ取ってすぐ戻ってきて。……切るわね」
02:40
処置 看護師の指示には納得できないが、止血ができないため、言われた通り厨房へ向かった。
厨房は真っ暗だったが、奥のスチームコンベクションのランプだけが赤く点滅していた。
床が濡れていた。
水ではなく、粘度のある液体で靴底が張り付く音がした。
冷蔵庫の手前に置かれたタッパー(中身は赤黒いペースト)を回収し、逃げるように退室。
……去り際に、シンクの方から「痛い、痛い、助けて」という、若い男の声(成田くん?)が聞こえた気がしたが、流山さんの「見るな」という言葉を思い出し、無視して戻った。
03:00
食事介助 八街様に『特製ムース(赤)』をスプーン1杯介助。
口に入れた瞬間、獣のような速さで完食。
直後、出血がピタリと止まった。
傷口を見ると、えぐれた部分に黒い肉芽のようなものが沸き立ち、傷を塞いでいくのが見えた。
恐怖で腰が抜けた。
野田くんと顔を見合わせたが、二人とも何も言えなかった。
この施設は、狂っている。
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