第2話

 中学三年生の秋、彼は三田崎カコと共にこの店に来た。インテリアは以前と全く変わっていない。今回も前回もマスターの顔は見ていないが、大学生とおぼしき若い女性が働いているところは今も昔も変わらなかった。


 店中に漂うコーヒーの香り、カタンカタンと食器同士の擦れる音。アタルを包む全てのノイズが、彼の意識を遠い昔の情景に飛ばした。


 三田崎カコ。彼女は怒っていた。


『なんで喫茶店なわけ? こんなとこ落ち着かんし、ベタだし、あたしコーヒー苦手だし』


入店早々この調子だから、アタルは店員と他の客の目を気にしていた。分かってほしかった。彼女は本当は怒ってなどいないのだと。怒った振りをすることで、大事な感情を包み隠そうとしているだけなのだということを。


『……で、話って何』


三田崎はぶっきらぼうに訊いた。


『いや、その……』


アタルはしどろもどろに答えた。


『また旅行に行かないかなって。今度の冬休みとか』

『もう受験なのに?』


アタルは俯いた。断られそうだからではない。三田崎の口から『受験』なんて言葉は聞きたくなかったのだ。


『三田崎は余裕だろ。高校受験くらい』

『そう見える?』

『見えるよ』

『まぁ、あたしもそう思ってるけど』

『ほら』

『でも、ある程度やっておかないと怖いでしょ。勉強』

『怖い?』

『落ちたらどうしよー、とか』

『そんなこと考えるの?』

『当たり前じゃん。親と教師の期待背負ってんだぜー、こっちはさ』

『俺には誰も期待してないみたいな』

『その通りでしょ』

『ひどいな』

『だって――』


 お前が期待してねーじゃん。自分に。


 その言葉は、畳めそうで上手く畳めない折り畳み傘のかどのように、忘れても忘れてもアタルの脳裡に浮かび上がってきた。何度やっても上手くいかないというのに、そこを畳まねば綺麗に収納できないから困る。


 何度も、何度も、整える。あれから十年近く経ったけれど、未だに同じことを繰り返しているような気がする。何度も何度も折り畳む。入らないからやり直す。


 『それで、さっきの話だけど』


彼女が頼んだミルクココアが届き、アタルの頼んだ砂糖入りコーヒーが届き、もう一度同じ話題を出した。これが最後かも知れない。そう思うと、駄目元でも提案せずにはいられなかった。


『旅行ねー……』


彼女はミルクココアを一口すすり、窓の外の景色を見やった。何の変哲もない道路を、やはり何の変哲もない車が颯爽と駆け抜けていく。息を切らしたガソリン車が、ブルンブルンと音を立てた。あのボンネットの中では常に爆発が起きているのだ。休む間もなく。まるで、三田崎の返事を待つアタルの心臓のように。


『…………』


顔を上げる。三田崎と目が合う。


 彼女は、にやりと笑って腕を組んだ。


『いーじゃん。冬だし、南のほう行こうぜ』


 思い出の喫茶店と言うと、まるで青春ドラマか何かを演じているようで身体がむず痒くなってくるのだが、あの日のアタルは確かに青春を生きていた。好きな女の子を前にして落ち着きを失うくらいには青く、春の芽生えのように繊細だった。

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2026年1月3日 19:00
2026年1月4日 19:00
2026年1月5日 19:00

三田崎カコとのパラレルな関係 鹿茸一間 @rokujo-hitoma

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