三田崎カコとのパラレルな関係

鹿茸一間

第1話

 「久しぶりだね、擦田さったくん」


 待ち合わせ場所に彼女が現れたとき、アタルにはそれが誰だか分からなかった。


 肩の辺りで切り揃えられ、ふんわり光を放つ茶髪。都会の大学生が着けていそうな、フチの細い丸メガネ。襟付きのブラウスにチェック模様のロングスカートをかけ合わせ、軽すぎず重すぎない絶妙なバランスを実現。足下もサンダルなので固くなく、わずかに見える素足が初夏らしさを表現している。


 まさか。


「三田崎……さん?」


一瞬顔を見合わせてから、かすれた声を絞り出した。いや、だって、そんな。俺の記憶の中の三田崎カコはもっと……。


「やだなぁ、擦田くん。昔はさん付けなんてしてなかったのに」

「そう……だっけ。すっかり別人だから、つい」

「別人って」

「あ、ごめん、悪い意味じゃないよ。すごく―—」

「もう注文はした?」


 彼女はアタルの言葉を遮って、正面の席に腰掛けた。話は座ってから、というわけだ。ずいぶん物慣れた振る舞いである。


「私コーヒーで」

「じゃあ、俺も」


 アタルが後ろを向いて手を挙げようとした瞬間、背中側から「すいませーん」という声が飛んできた。店員さんがやって来ると、彼女はてきぱきと注文を済ませ、愛想の良い笑顔で「お願いします」の一言を添えた。


 「ブラックなんだ」


 アタルが呟く。


 注文のとき、「砂糖もミルクも無しで」と言い足したのは意外だった。昔の三田崎はそもそもコーヒーを好まなかったし、ファミレスに入って真っ先に見るのはデザートメニューだったはずだ。


「最近はね。ブラックばっかり」


随分大人になったんだな、と親のように感じ入ってしまう。まぁ、これを本人に言おうものなら、拳骨の一つや二つ飛んできてもおかしくないが。なにしろ彼女の口癖は、「大人になんかなりたくねーな」だったのだ。実際に大人になった今、彼女がどう感じているか分からないけれど。


 店の奥でコーヒー豆を挽く音がする。古式ゆかしい本格純喫茶なら、マスターがハンドルを回して豆を挽くのだろう。だがアタルが選んだ店は古式ゆかしい本格純喫茶ではないので、機械の作動音が響くばかりだ。内装だけレトロを醸し出しているけれど、壁の色や机の艷やかさからフレッシュな雰囲気が滲み出てしまっている。アタルはそれを、別に良いとも悪いとも思わなかった。ただ懐かしいと感じていた。

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