第6話 閉じた家に別れを
むっつりと口を結ぶお父さんに、目元を押さえているお母さん。
イオリは、昨晩と同じ無表情だった。
花嫁姿のツムギは、静かに車椅子を動かして三人の前に進む。
……照れくさいというか、気まずいというか。
別れと言われても、何を言えばいいのかわからない。
ツムギが黙っていると、お父さんが先に口を開いた。
「きちんと、つとめなさい。足の悪いお前を娶ってくれるというのだから、失礼のないようにな」
「あ、うん……」
ツムギは曖昧にうなずく。
お母さんも、目元を押さえたまま言った。
「竜人さまのご機嫌を損ねないようにね。いい子にするのよ。それが一番、あなたのためになるんですから」
ツムギはうつむいた。
(べつにさぁ、別れを惜しむ言葉を期待してたわけじゃないけど……)
それでも、やっぱり胸の奥がちくりと痛む。
両親は相変わらず、ツムギの気持ちには無関心だ。
しかし、これまでと同じようにツムギは大人しくうなずいた。
「オーケー。がんばるよぉ」
「……お姉ちゃん」
それまで黙っていたイオリが、ふいに口を開き、ツムギの手を握った。
「綺麗だよ」
「え?あ、ありがとう」
突然の言葉に、ツムギは戸惑う。
「お姉ちゃん」
手に力がこもる。
イオリの目が、まっすぐツムギを見つめていた。
「またね」
「イオリ……」
「……今生の別れだって言っちょるが」
いつの間にかすぐ後ろに立っていたおばあが、水を差す。
「三分、経ったよ。いいかい」
「あ、うん……」
「おばばさま。この子を、よろしく頼む」
お父さんが横柄に言った。
「あたしじゃないよ。竜人さまに、言いんしゃい」
おばあがぴしゃりと言う。
そのタイミングで、おばあに呼ばれた村の男たちがやって来た。
両親とイオリは脇へ退く。
男たちはおばあの指示で、ツムギを車椅子から小さな台へと移した。
台には細い棒が両側についている。
まるで神輿みたいだった。
男たちはツムギを担ぎ上げ、そのまま玄関を出て、外へ運び出す。
イオリが後を付いてこようとするが、
「大事な儀式なのよ」
お母さんがたしなめる声が聞こえた。
「……ばいばい、イオリ」
ツムギは小さくつぶやき、前を向いた。
昨夜は真っ暗だったから、村の景色を見るのは、本当に久しぶりだった。
「あ……ヒカンドリ」
防風林のてっぺんに、あの鳥が止まっている。
昼間だからか、いまは光っていない。
そのせいで、ただの大きなワシみたいに見える。
けれど、昨夜、間近で見たあの青い瞳は忘れられなかった。
鳥は監視するみたいに、ツムギを見つめている。
ツムギを見ているのは、鳥だけじゃない。
村人たちが、道の両側にずらりと並んでいた。
どの顔もよく似ている。
好奇心。
哀れみ。
そして、どこか安堵。
“──うちじゃなくて、よかった”
そんな空気が満ちていた。
居心地の悪さにツムギは首をすくめる。
空は曇っていて、湿った風が頬をなでた。
蒸し暑く、じっとりとした汗が背中を伝う。
神輿は木々の間の道を抜けて、奥の浜へ向かっているらしい。
……生け贄、か。
あまりに急で、まだ現実感がない。
死ぬのかなぁ。
生きたまま、食い殺される?
それとも、遊び半分に焼き殺されるのかも。
(どうせなら、食べられたいなぁ……)
図鑑にも載っていない竜人が、どんな生き物なのかはわからない。
けれど、大きくて、強くて、美しい生き物の一部になるなら、それは悪くない気がした。
曇り空を見上げて、自由に空を飛ぶドラゴンを思い描く。
そのお腹の中に、ちんまりと収まっている自分。
ドラゴンが火を吐く。
家と村が、燃えていく。
ツムギを閉じこめてきたものたちが、灰になっていく。
ドラゴンとお腹の中のツムギは、青い海の上を、まっすぐどこまでも飛んでいく。
✳︎
浜辺に着くと砂の上に豪華な布が敷かれ、ツムギは神輿ごと、その上へ降ろされた。
おばあがツムギの前に立ち、海に向かって儀式の言葉を唱え始める。
「──花嫁を、海の理(ことわり)へ捧ぐ」
おばあはぶつぶつと何かを唱えながらツムギの周りを回り、棒のような物を振り回していた。
やがて、
「儀式の仕上げだよ」
と、人払いをする。
村の男たちはもと来た道を去り、浜辺にはツムギとおばあだけが残った。
(まだ儀式があるのかぁ……)
うんざりしながら海を見ると、あのカメはかなり近くまで来ていた。
「ワタリガメ……だっけ。あれに竜人さまが乗ってるの?」
おばあが静かになったので、ツムギはぽつりと尋ねる。
勝手に口を開いて怒られるかと思ったが、返ってきた声は穏やかだった。
「そうさ。あたしも、本物を見るのは三十年ぶりだよ」
「おばあ、いくつだっけ?」
思わず聞くと、おばあにじろりと睨まれる。
「まったく。物怖じしない娘だね」
「そうかなぁ。すごいドキドキしてるよ」
ツムギは肩をすくめた。
おばあはそんなツムギをじっと見つめ、少し考えるような間を置いて言った。
「……あんたなら、竜人さまともうまくやれるかもしれないね」
「えぇ?」
「ヒカンドリは、それを見抜いたのかもしれない」
「うーん……」
ツムギは辺りを見渡すが、ヒカンドリの姿はもうない。
「恨んでいいんだからね」
「……え?」
おばあの言葉にツムギは視線を戻す。
「私は、竜人さまが恐ろしいんだ。だから、お前を贄にする」
「……」
「こんなババア一人、なぎ倒すのは簡単だ。足が動かなくても、あんたならそれくらいやれるだろ」
ツムギはぽかんとした。
少しして意味がわかり、小さく笑う。
「……逃げろって?おばあらしくないなぁ」
「そうかい」
ツムギは冗談めかして続ける。
「花嫁が逃げたらさ。竜人さまのタタリとか、あるんじゃないのぉ?」
「ふん。そんときは、このババアで我慢してもらえばいいさ」
おばあが胸を張る。
それがおかしくて、ツムギは思わず声を上げて笑った。
頭に浮かぶのは、おばあの花嫁姿。
(……意外と悪くないかもぉ)
「おばあ、美人だもんねぇ」
おばあは答えない。
ツムギは笑いを収め、もう一度、肩をすくめた。
「逃げるところもないしね。この村にいても、やることないよ」
「……そうかい」
ふいに、おばあの腕が伸びてきて、ツムギをぎゅっと抱きしめた。
ツムギは息をのむ。
「しっかり、やりんさい」
「……はぁい」
なぜだか涙がにじみそうになる。
おばあは、たもとをごそごそと探り、白い細い布を二本取り出した。
その一本を目にかけられる。
「目隠し?なんでぇ?」
「竜人さまの醜いお姿で目が潰れないように、っておまじないさ」
「えっ。竜人さまって、醜いの?」
ツムギは驚いた。
勝手にかっこいいドラゴンを想像していた。
「おばあも見たことある?」
「ないよ。竜人さまのお姿を見られるのは、花嫁だけさね」
「そっかぁ……」
ツムギはつぶやく。
「醜くてもいいよ。竜人さまを見てみたいなぁ。どんな生き物なんだろ」
「掟だからね。目隠しはするよ」
「ちぇっ」
視界がふさがれる。
続けて、もう一本の布で腕を後ろ手に縛られた。
「痛くないかい」
「大丈夫だよぉ」
少し間があって、おばあが言った。
「……達者でな、ツムギ」
ツムギは静かにうなずいた。
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