第5話 生け贄に選ばれた朝
ヒカンドリの託宣。
この村では昔から、竜人に花嫁をささげる慣習があるのだという。
その花嫁を選ぶのが、ヒカンドリ。
「ここ数十年、なかったのに……」
「花嫁とは名ばかりの、生け贄らしい」
「黄泉の国へ連れて行かれるそうだ。竜人は凶暴で、恐ろしい化け物──」
家の外で、村人たちがひそひそと話す声が聞こえる。
「ふわぁ……」
ツムギは車椅子に座り、窓から海を眺めながらあくびをかみ殺した。
ヒカンドリに会った昨夜、ツムギはそのまま、おばあの家へ連れて来られた。
海のすぐそばに建つ平屋だ。
「どうしてあなたは、昔からそう……」
おばあの説明を受けたお母さんは、顔を手で覆って泣き崩れていた。
お父さんはいつものしかめっ面だったが、すぐに村人たちの対応に出て行った。
妹のイオリは、その横でずっと無言だった。
「竜人さまって、どんな生き物なんだろうねぇ……」
ツムギが再びあくびをすると、背後からおばあの声がした。
「竜人さまの前では、あくびなんかするんじゃないよ。まったく、お寝坊な娘だね」
「まだ六時だよぉ、おばあ」
空はようやく白み始めたばかりだ。
「そうかい。あたしゃ、あんたのおかげで徹夜だよ」
「えっ。ちょ、歳を考えてよぉ」
ぼやいたツムギを、おばあはじろりと睨みつける。
「まったく、生意気な娘だね。ほら、着替えんしゃい」
差し出されたのは、真っ白でやけに重たそうな花嫁衣装だった。
ところどころに、豪奢な花の刺繍が施されている。
「……これ、着るのぉ?」
動きづらそうな着物にツムギは顔をしかめた。
「これを着て、そのやかましい口を閉じてりゃあ、立派な美少女さ。竜人さまもきっと気に入る」
「そうかなぁ。──あ、そうだ。竜人さまってさぁ、どんな……」
言いかけたそのとき、外でどよめきが起きた。
「なんだろうねぇ、おばあ──」
ツムギが言い終わる前に、おばあは瞬く間に外へ飛び出していった。
「えぇ……」
ツムギは仕方なく、車椅子を進めて後を追う。
おばあの家の玄関は、都合のいいことにゆるやかな坂道になっていた。
車椅子でも外に出られる。
よいしょ、と坂を下りて外に出る。
浜辺と海が広がっていた。
曇り空なのが惜しいが、それでも相変わらず美しい海だ。
「……ん?」
ツムギは首をかしげる。
海の上に、黒い影が浮かんでいた。
最初は、島か岩かと思った。
だが、それはだんだんと大きくなる。
近づいてきているのだ。
船にしては形がおかしい。
太陽を反射して、一瞬、きらりと光った。
「……ワタリガメだ」
おばあが震える声でつぶやく。
「ワタリガメ?」
「竜人さまが、花嫁を連れ去るための船さ」
絞り出すように言って、おばあはツムギを振り返った。
「竜人さまが来るよ。今度のお方は、せっかちだね。さあ急ぎんしゃい!」
「今度の、って──ほわぁぁ!」
車椅子がものすごい勢いで押されて、ツムギはつんのめりそうになる。
「じ、自分で出来るよぉ!」
「トロトロしよると、日が暮れるよ!──ヤシロ!男衆を準備しんしゃい!」
いつの間にか側にいたおばあの付き人のヤシロが、飛ぶように走り去った。
この家にはスピードお化けしかいないのだろうか。
走るどころか歩けもしない自分が、なんだかひどく置いていかれた気になる。
「さぁ、着替えるよ!服を脱ぎんしゃい!」
「え、うん」
苦戦しながら脱いでいると、おばあに勢いよく服をはぎ取られる。
ツムギは悲鳴を上げた。
「脱衣婆!?自分で出来るよぉ!」
「モタモタしよると、ババアになっちまうよ!」
「ひぇぇ……」
濡らした手ぬぐいで体を清められ、花嫁衣装を着せられる。
「ヤシロ!髪と化粧!」
怒号のような声にヤシロが戻ってきて、凄まじい速さで髪を結い上げられ、化粧を施される。
ツムギはもう抵抗を諦めた。
人形みたいに大人しくなる。
すべての準備が終わった頃には、ツムギはぐったりしていた。
「綺麗だよ、ツムギ」
「こ、今度は何ぃ……?」
ツムギは横目で、うなずくおばあを見る。
「三分やる。別れをしてきんしゃい」
「……え?」
「今生の別れだからね」
おばあが玄関を指差した。
そこには両親とイオリが立っていた。
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