第6話:正体発覚

 六月。梅雨入り。

 私の気分も、空と同じ灰色だった。

 推し引退のショックは癒えないまま、日々のバイトと大学の往復。

 智也くんとのデート(営業)だけが、唯一の安定した収入源になっていた。


 その日は、大学の帰りにゲリラ豪雨に見舞われた。

 傘を持っていなかった私は、最寄り駅からアパートまでの道を、ずぶ濡れになりながら歩いていた。

 完全オフモード。すっぴん、ボサボサ髪、ジャージ、サンダル。

 雨に打たれてメイクどころか、人としての尊厳も溶け落ちている状態だ。


 冷たい。寒い。

 安物のサンダルが滑る。

 カバンの中の教科書が濡れていないか心配だ。あの中には、私の大事な商売道具(セナの名刺と、予備のスマホ)も入っている。


「……ついてない」

 雨粒を拭いながら、俯いて歩く。

 水たまりを踏んで、泥水が跳ねる。

 惨めだ。

 No.1レンタル彼女のプライベートがこれかよ。


 その時。

 ふと、雨が止んだ。

 いや、私が濡れなくなった。

 頭上に影が落ちる。


「……大丈夫ですか?」


 横から差し掛けられた傘。

 そして、またしても聞き覚えのある声。


 ギクリとして顔を上げる。

 そこには、ビニール傘を持った夏目智也が立っていた。

 またお前か。

 なんでこんなタイミングで現れるんだよ! ストーカーか!?(※偶然です)


 今回の距離は近い。至近距離だ。

 しかも、雨で髪が張り付き、顔の輪郭が露わになっている。

 メガネも曇って隠れ蓑にならない。


「あ……」

 智也が私の顔を凝視する。

 時が止まる。

 彼の目が、点になる。

 そして、徐々に見開かれていく。


「……あれ? 君、月島さん……だよね?」


 ……バレた?

 いや、まだだ。

 まだ「大学の月島さん」として認識されている。

 「セナ」とはリンクしていない。

 耐えろ。誤魔化せ。逃げろ。


「……あ、どうも」

 私は低音ボイスで短く答え、会釈をして通り過ぎようとした。

 傘の範囲から出る。再び冷たい雨が打つ。

 でも、ここにいるよりマシだ。


「待って! 濡れちゃうよ! 入って!」

 智也が追いかけてくる。

 お節介! 優しさが凶器!

 彼は無理やり私を傘に入れようとして、私のカバンの紐を掴んだ。


「離してっ!」

 私がカバンを引っ張る。

 智也が驚いて手を離す。


 その反動で。

 カバンの口が開いた。

 中身がぶちまけられた。

 教科書、筆箱、財布……そして。


 ピンク色の、ラミネート加工された一枚の紙片。

 水たまりの上に、ひらりと落ちる。

 

 『Rental Girlfriend Eternal Lovers』

 『NO.1 Cast : SENA』

 

 デカデカと印刷された、私の盛り盛りの宣材写真。

 そして「セナ」のロゴ。


 ……あ。


 世界から音が消えた。

 雨音も、車の走行音も、全て遠のく。

 あるのは、水たまりに浮かぶ名刺と、それを見下ろす二人だけ。


 智也の視線が、名刺に釘付けになる。

 そして、ゆっくりと、恐る恐る、私の顔(すっぴん)へと移動する。

 名刺の写真(セナ)と、目の前の妖怪(月島雫)。

 輪郭。

 ホクロの位置。

 そして何より、今の私の強張った表情。


 パズルのピースが、最後のひとつまで埋まった音がした。


「……セナ、ちゃん?」


 智也の声が震える。

 疑問形じゃない。確信に近い響き。

 

 終わった。

 完全に、詰んだ。

 言い逃れできない。

 証拠物件(ブツ)が目の前にある。

 

 私はガタガタと震え出した。

 寒さのせいじゃない。恐怖だ。

 罵倒される。

 「騙したな」と言われる。

 「金返せ」と迫られる。

 大学にバラされる。

 私の人生、ここで終了。


 私は地面に座り込んだ。

 泥水がジャージに染みる。

 名刺を拾う気力すらない。


「……そうよ」

 私は開き直った。

 もう、どうにでもなれ。

 隠すのにも疲れた。


 私は濡れた髪をかき上げ、彼を睨みつけた。

 セナの営業スマイルじゃない。

 月島雫の、荒んだ、敵意に満ちた目で。


「私がセナよ。……文句ある?」


 智也が息を呑む。

 傘を取り落とす。

 ビニール傘が転がり、彼もまた雨に濡れる。


 彼は何も言わずに私を見ている。

 その目は、怒りでも軽蔑でもなく……なぜか、ひどく混乱し、そして傷ついたような色をしていた。


 雨は激しさを増すばかり。

 私たちの間の空気は、氷点下まで冷え込んでいた。

 No.1レンタル彼女と、その太客。

 虚構の関係が、リアルという泥水の中で、無惨に解体されていく瞬間だった。


(つづく)

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No.1レンタル彼女の「中の人」は、廃課金で金欠の喪女(俺の同級生)でした。~延長料金はカップ麺でいいですか?~ 月下花音 @hanakoailove

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