第2話 アンドロイドは神代霞鉱の法螺貝を吹くか
流浪の魔道士である灰江は、外部の魔道機関を通じて編入手続きを取っていたのであったが、その最後の仕上げとしての面談なのだった。
理事長室は一見さほど特別なものには見えない。ごく普通のビルの一室である。ソファやテーブルは流石に豪華であるが、それだけ───ただし、理事長の存在を除けば、だが。
理事長は漆黒の浮遊する板である。
モノリス、という言葉が頭を過ぎる。
漆黒の板。イタバシ理事長の板は、これに由来するのだろうかとのんびり灰江は思う。
モノリスの表面が点滅する。
「うーむ」
音声はなんか女の子っぽい。
ただ、外見は完全にモノリスなので、魔術による産物なのは間違いなく、となれば真実の姿が女の子であるとも限らない。
モノリスは何らかの魔術を行使しているらしく、灰江が提出した
「迦陵灰江。及びその魔術効果、迦陵伽羅。
申告通りのようですね」
モノリスは記載の名前と添付写真に目を通し、そして二人に視線を向けた。正確に言えば、そのように灰江は感じたし、そういう動作を取っていた。
「我が学園は魔道研鑽において広く門戸を開いています。しかし───今の時期に編入、ということは、貴方は恐らく、『魔道大祭』への参加を希望していますね?」
隠す必要もない。灰江は頷く。
「ああ。999人の魔道士による競い合い、『魔道大祭』。その本戦出場を───いや、優勝を目指している」
「それもまた魔道研鑽の方法の一つです。
しかし、我が学園を、利用する、というだけのつもりであれば、厳しい返答をせざるを得ませんよ」
「アドミッションポリシーと建学の精神は暗記してきたが───」
「貴方のように、『魔道大祭』参加のためだけの編入希望者は星のようにいるのです。全員を受け入れていてはパンクしてしまうし、何より学園の本義に反する。
学園は、学びのために利用する施設。
戦争儀式のための利用は許可できません。
しかし」
モノリスは一度言葉を区切り。
「先ほどのハイジャック事件、解決に尽力した魔道士とは貴方のことですね。
飛行機を用いたテロを防いだ功績は、無碍にできるものでもない。
いいでしょう。入学を認めます」
モノリスが続ける。
「励みなさい」
─────────────────────
イタバシ市魔道第一高等学園は、イタバシ市学生寮街の中心に高く聳える地上三十階建て高層ビルを校舎とする学園だ。イタバシ市学生寮街含む市街全域の行政と治安を司る機関としての機能も備えており、主にギリシャ神群の神々を主祭神として教室を展開する講師が多い。特に三十階の上、屋上庭園には雷霆を模した礼装が設置されており、地下の龍脈と天空の神威を束ね電力に変換、街全体へ供給している。多元交差空間としての情報を読むと、異次元では帝国有数の団地としても利用されていた土地であるらしく、その影響であろうか、居住地としてはネノクニ屈指の暮らしやすさだとかなんとか。学生寮街には幾つもの学生団地とアパートが立ち並んでおり、その様子が本校舎の窓やガラス張りのエレベーターから見えるのだった。
現在、灰江と伽羅はエレベーターで、目的である高等科一学年の教室へと向かっていた。
エレベーターに同乗しているのはもう一人いて、この『存在』はすました顔で告げた。
「貴方がたの担任になるガランティスです。どうぞよろしく」
茶色い髪と、イタチの丸い耳を備えたメガネの女性である。
灰江はほう、と呟く。
「魔術神の侍女が担任……。流石はネノクニだ」
「少しは神話に詳しいようですね。この街の『存在』については把握していますか?」
「住民のカテゴライズですか?
魔道士、非魔道士、降臨者、魔道獣。
貴方は降臨者───ガランティスでしょう」
「マスター! さっきから何を言ってるんですか!? 暗号?」
「…………この街の住民は四種類に分けられるんだ」
「彼の言うとおりです。
まず魔道士。ついで非魔道士。この二つは言わずもがなでしょう。降臨者と魔道獣は説明が必要ですね。いずれも人ならざるモノ。降臨者は異なる時空よりこの地平に降り立った者。魔道獣は暴走する魔道のこと」
「つまり神話や伝説が実体化するんだ、この街では。それが降臨者。魔道獣については後で実際に見る場面もあるだろうから、伽羅はひとまず忘れていていい」
「むむむ……わかりました」
「そろそろ着きます」
到着音。
エレベーターが停止して、扉が開く。
三人は廊下に出る。
ガランティスが言った。
「私の授業は魔道基礎概論。まずはこれから受けてもらいましょう」
「分かった」
「ちなみに単位発行の条件は、授業中の私の質問に的確に答えられるかどうかが基本です。
頑張ってくださいね」
扉の前に立つ。
ガランティスが扉を開ける。
伽羅が灰江の耳元に口を寄せて、小声で囁いた。
「いよいよ学校生活スタート! ワクワクします!」
「そうだな」
「まず挨拶ですかね!
こういう編入の時は、すごい挨拶をぶちかますものだと、伽羅は知っていますよ!」
「そうではないな」
「そうではないんですか!?
だってゲームとか本とかアニメとか全部そうなんじゃ───」
「粗忽者。フィクションで常識を学ぶんじゃない」
「でもそもそも私たちってフィクションみたいなトンデモ存在じゃないですか」
「まあそれはそうだけども」
とにかく、と。灰江は言う。
「派手なことはいらないよ。堅実にいこう」
「むう」
「……堅実に、な?」
「むむう」
「入ってきなさい」
ガランティス先生の声が聞こえた。
とりあえず行くか、と。灰江は中に入る。
教室は半円形の講堂で、外部空間とサイズの釣り合いが取れていない高位結界による代物だと一瞬で看破できた。講堂の公聴席は半円を描くように配置され、後ろに下がるほど高くなり、全部で八段がある。席は半分ほど埋まっており、後ろほど空きがない。とは言え、今日は前の方に座るしかなさそうだと灰江は見てとった。まあ、注目されるのは苦ではない。
挨拶を、とガランティスに促され、灰江は口を開く。
「迦陵灰江です。国を幾つか回って、修行してきました。学校生活は初なので、どうぞよろしく」
当たり障りのない挨拶。
季節外れの編入生に抱いた興味が一気に引いていく様子を察して、灰江はほっとする。
最初から注目されすぎるのも問題だ。目的が目的で、そんなに長居をするつもりもない。これぐらいのドライさが望ましい───
瞬間響く法螺貝の音。ぶおおおんぶおおおおんと鳴り渡る楽音。肩から形成したスピーカーから爆音をかき立てつつ、銀色髪の少女はずんずんと講義堂に入り、そして。
「やぁやぁ、彼こそは魔道の名門迦陵家の跡取りにして! この私、迦陵伽羅が主たる至高の大魔道士迦陵灰江!! 深遠なる叡智と研鑽された技術を併せ持つ極点である!! 控えおろう控えおろう!!」
ぶおおおおおおおおおおん
ぶおおおおおおおおおおおおおん
ハイ?
イマナントイッタ?
「伽羅───!!!」
一気に注目が集まった。終わりである。
─────────────────────
ざわめきも、そこそこに。
ガランティス先生が教壇に立つと、教室の空気が一瞬で引き締まった。
半円形の講堂は静まり返り、学生たちの視線が前方に集中する。
灰江と伽羅は促されるままに最前列の空いた席に腰を下ろした。
とはいえ、後ろの段から、ざわめきが小さく波打つように広がるのがわかる。
「では、今日の魔道基礎概論を始めましょう。まずは復習から。魔道の三原則とは何でしょうか?」
ガランティス先生の声は穏やかだが、どこか鋭い響きを帯びている。メガネの奥の瞳が、教室全体をゆっくりと見渡した。
灰江は姿勢を正し、静かに耳を傾ける。
講義内容は初歩の初歩だ。魔道士として生きることの決まった人間なら、学園よりも先に親から伝えられるだろう知識である。
恐らく新人である灰江にも分かるようなレベルならスタートしてくれたのだろう。親切な先生だ、と灰江は考えた。
ガランティス先生は一人の生徒を指名する。
「ではそこの、クロロック君、答えてください」
「はい! 『食欲』『性欲』『睡眠欲』ですわ!」
「アホが」
違った。
普通に分からん問題として出してきたらしい。
もしくは問われた生徒が壊滅しているか。
「えー、じゃあ『フォロー🔖』『応援❤』『レビュー★』とか?」
「愚か者」
壊滅してる方らしい。
灰江は思う。
(本当に名門なんだろうなこの学校……。
そして意外に口が悪いなガランティス先生。
……正解は『物質化』『永続性』、そして
『不完全』)
「誰か分かる人は? ……伽羅さんに聞いてみましょうか」
「はい! 『マスター』『ご主人様』『迦陵灰江』!」
「バカめ」
頬を伝う汗。ダラダラと滝のように伝っていく。具体的に言えば呪術◯戦みたいな汗のかき方をしていた。
同時に音が聞こえる。鐘の音が? 違う。これは崩壊の音。
灰江の中で想定していたすべてのプランが音を立てて崩れ落ちていく音───。
入学から優勝、そして特典を獲得しひたつの願いを叶えるという結末までの、想定される困難とそれを突破し攻略していくための、そのすべてのプランが。学園生活。魔道大祭優勝。目的を果たすためのすべてが、ああすべてが。
隣のアホによって破壊されていく。
「ヤバい奴来たな」
「銀髪の方の
「顔はいいんだけどな」
後方からヒソヒソと話し声が聞こえる。
聴力を強化している灰江はその全てを聞き取り可能だった。
「従者にしちゃぞっこんすぎないか」
「まぁ多様性の時代ってことで……」
「むしろ逆行してるだろ」
「ガランティス先生キレそうだよ〜」
「クロロックとシャーロットだけでいいって問題児は」
「さて、それでは、従者の愚行は主がどうにかするもの。迦陵灰江。三大原則とその内容を解答しなさい」
だが諦めない。巻き返すならここだ。
灰江は答える。
「はい。
魔道開祖サウロンによって示された三大原則は『物質化』『永続性』『不完全』。これら三つを総称して『
かつては知識継承のみにより引き継がれた超常操作術こと『魔術』を、物質の形として具現化し、後代にまで引き継いで行くことが『物質化』。これにより知識伝授以上の正確さでもって神秘の継承がなされるようになりました。
『永続性』は物質化した魔術を半永久的に保存する方法であり、サウロンはその手法を明言しませんでしたが、後の魔術師たちにより開発された契約術式『相互存在保証』が現在は広く扱われています。
『不完全』はサウロンの思想の現れ。『美しき3ではなく、より大いなる4であれ』……。発展こそが魔術の真髄である。ゆえにすべての魔術は不完全なものであるという思想のこと。
以上三原則を満たす超常操作術のことを、現代では『魔道』と呼びます」
「ではこれを
「わかる?」
「さぁ?」
「習ってなくね?」
「つまりガランティス先生ガチギレしとるってことやん」
「大人気な〜い」
だが灰江は答えを知っていた。
「ベレグアス。意味は『死せる個』」
「正解です」
ガランティスは目を細める。
ここまでの怒の感情の目線ではなく。
「しっかりと知識を持ったうえで此処に来ていることがわかりました。よろしいことです」
─────────────────────
ガランティス先生が講義を終えて退室する。
「やぁやぁ! 助かったわ!!」
関西弁の少年が話しかけてきた。
先ほど、ガランティスから、クロロックと呼ばれていた学士である。
黒髪に赤メッシュ。軽薄そうな糸目の顔立ちをしている彼は、伽羅へと話しかける。
「えーっと伽羅ちゃんやっけ。
アホ解答を上書きしてくれたおかげで俺が減点されずに済んだわ。ありがとな」
「むう。アホ解答ではなくマジ解答なんですが」
伽羅は不満げである。
それをひとまず脇において、灰江がクロロックに対して右手を差し出す。
「これの主である迦陵灰江だ。よろしく」
「おうおう。オレはシュトラウト=ヴラド・クロロック。長いからクロロックでええよ」
握手。
クロロックは眉をあげる。
「義手か」
「ああ。色々あってな。
そしてこっちは俺の従者・迦陵伽羅」
「どうもです」
「よろしくよろしく」
もう従者で貫くことにした。
ペコリと頭を下げる伽羅と、笑顔で挨拶するクロロック。
「なかなか賑やかなメンツが加わって嬉しいわ。
でも次の講義は要注意やね」
「次の講義」
─────────────────────
2限目は魔力操作演習。
メガネをかけた講師が教壇にいる。恐らくこちらは人間なのだが(名乗った名前も神話伝説に由来するものではない)、腕が四本ある。常人とは違う在り方だ。そうあう魔道なのだろう。
「皆さんも知っての通り、魔力とは超常操作のエネルギー全般を示すもの。オド、マナ、テレズマ、気、龍気、神気、数多の呼び名がありますが、これらを総じて魔力と言う。その使い方は極めて多様であり、このエネルギーはこの街のほぼ全員が有していると言ってよい。
まぁ、シャーロット君のように、それに反するような人間もいるわけですがねぇ」
ねちっこい喋り方。声は若干こもっている。後に続けた言葉には悪意が滲んでいた。
視線の先には、金色髪をツインテールにした少女がいるようである。
上の右腕で前髪を弄りつつ、彼は続ける。
「魔力総量と魔道士の実力は比例関係、とまではいかずとも、やはり密接に結びついていますから。
魔力の多寡で有望性は測れるでしょう。
新入り君」
下左腕の人さし指が灰江を指した。
「魔力測定は行いましたかね」
「いいえ、まだです」
「ちょうどよい。今、測りましょう」
前髪を弄る腕以外の3つの腕が光を放つ。空間が捻じれ、何もなかった教卓に、機材がひとつ出現した。
それは球体の宝石と、それに接続された何本ものケーブルからなる道具だった。更にUSBポートを通してケーブルでタブレットと繋がっている。タブレットは教師の左上腕が持っていた。
「魔力測定装置。ある程度の総量を測り、ランク付けする霊装です。君は多国を渡り歩いてきたと聞きました。ぜひ、実力の一端を見せていただきましょう」
前髪を弄る。
「ちなみに、私は上の中といったところですが」
要注意、と。クロロックが言った意味はだいたい察せた。どうもこの人物はプライドが高いらしい。悪人というほどではないのかもしれないが、教壇に立たれても面倒な人間性だなと灰江は思う。
(まあ、当たり障りなくこなして、ここは乗り切ろう)
灰江自身の魔力総量は人並みだ。
この教師を上回ることはないだろう。
変に悪感情を持たれることがないのは助かる。
灰江は教壇に立つ。
「どのようにすればいいですか?」
「両手でこの宝石を挟んで、簡単に魔力を放出するだけです。総量は色の変化で分かりますから」
灰江は言われた通りに魔力を放出した。
宝石が灰江の形に変貌した。
しかもクソデカい。ボコボコという擬音と共に拡張された宝石は5メートルの灰江の像となる。
「はい?」
タブレットの画面には魔力総量と性質が文字化して表示されている。
「え?」
教師の目が画面と装置を何度も行き来する。
だが何度見ても結果は変わらない。
教卓の上には、宝石でできた迦陵灰江像。
タブレットは思いっきり文字化け。
「なんで……? なんでこんなことが……?
色の変化どころじゃない……? 媒介物それ自体が変形するほどの……特異かつ莫大な魔力だと……? いや……だからってこうはならないだろ! 普通は砕けるとかこう…………像はないだろ!! 像は!! どういう原理でこうなってるんだ!!」
混乱に陥る教師。
一方の灰江は内心で叫んだ。
なんなら念話をぶち込んだ。
『伽羅───!!!!!
なにやってんだお前!
義手を通して魔力を送り込んだな!』
『ふっふっふ。いかにもそのとおりです!
あの先生の目つきがいやらしかったのでぎゃふんと言わせたくて』
『だからってこれはないだろ!』
「備品破損……始末書……この年で説教かぁ……うふふふ……」
『ほら泣きそうだよ先生!!』
「あひゃひゃ!! 像て! 普通爆発とかやろ」
なんか後ろでクロロックがウケているようである。
他の生徒は引いている。
いや、違う。
「まぁともかく───強敵現るってところやな」
教室中の気配がほんの僅かに、けれど確かに変わっていた。
期待、好奇、だがそこに混ざる───敬意と、警戒。
(魔道大祭という闘争が迫るなかで、これは───)
早くも苦難が予測される。
そんな状況を察しつつ。
ふと、教室の一角に違和感を覚えた。
灰江はちらっとそこに視線を向ける。
誰とも近くない、皆から遠い席に、ポツンと座る少女がいる。
金のツインテールが目立つ、赤い瞳の彼女だけが、何処か退屈そうに、頬杖をついていた。
どうでもいい、と。彼女の目は言っている。
後に、灰江と伽羅は彼女を知ることとなる。
彼女の名前はシャーロット=
───この物語の、重要人物だ。
─────────────────────
魔道機構学講師「キャハーッ! 君の構造は実に興味深いデスネェ!! 魔道と機械の境界を越えていマスヨ!? ワタクシたった今芸術というものを理解しました!! なるほどこれは美しい造形!! 至高の美の具現デスネェーッ!!」
おバカアンドロイド「ふふん!」
灰江「この教室は次回からやめようかな! 別の講義を取ろう!」
何もかもがプラン通りにいかねえ!!!
内心絶叫する灰江なのである───。
魔道学園都市のイカロス みやこ @miyage
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