【16】


『幻想現象対策部隊』は非公開の組織である。

 都市伝説で語られる程度には、噂程度で語られる程度には、その部隊の存在は隠されている。

 一般人には、極秘と言わんばかりに、非公開だ。

 だからこそ、こういった名乗りを上げたところで、『幻想現象対策部隊? 何それ? 知らない』という反応の方が、普通なのである。

 むしろ、知っている方が、異常なのだ。

 喜田くんのような都市伝説マニアや、倉持学級委員長のように優秀で、情報収集を怠らない人間ではない限り、『オレたちの部隊』の存在を知ることすらできないのだ。

 ゆえに、都市伝説。

 しかしどうやら……赤神円の反応を見るに。


「幻想現象対策部隊……本当に……あったんだ。そんなの……」


 彼女は、知っていたようだ。

 いや、知っていたというよりも、聞いたことがある、そんな様子だった。

 まぁ……その情報提供先には、心当たりがあるのだが。

 赤神円は、じろりと睨めつけるようにオレを見る。


「その幻想現象対策部隊とやらが、今更、のこのこと、問題解決のために来たって訳ね。全生徒と先生達、関係者の皆さんが髪を剃り切った後に、これみよがしにやって来たって訳だ。ふぅん……」


 棘のある言い方だった。

 間違いなく、嫌味として言っている。


「それなら、もっと早くに来てくれても良かったんじゃない? 今更来ても、もう手遅れ臭いのだけれど? 事実、皆もう髪の毛ないし、そのことを当たり前とか思っちゃってるし? これって、あんた達幻想現象対策部隊とやらの大失態なんじゃないの?」


 随分と……嫌われているようだな。

 それもそうか……何故ならオレたちは、一度、彼女の――――倉持水地学級委員長の助けを呼ぶ声を、手を、取らなかった形なのだから。

 そうせざるを得なかった――――とは言っても。この子たちに取ってみれば、そんなことは関係のないことだったはずだ。

 自分たちが今、辛い想いをしている。だから助けて欲しい――そんな感情は、人間ならば当然抱くべき感情だろう。

 助けて欲しいのに、助けてくれなかった――これもまた、当然の感情だ。

 事実、【坊主頭の幻想プラシーボ】は薄池高校に蔓延し尽くし、目の前の彼女は、不登校になってしまったのだから。


「あなた達が、もっと早く動いてくれていたら、スイっちは洗脳されずに済んだのに、髪を剃らなくて済んだのに! 私だって! こんな風に! 不登校にならずに済んだのに!!」

「………………」


 返す言葉も出てこない。

 凛子は言った、言ってくれた。

 今が最善で最高だと、励ますように言ってくれた。

 傍から見ればそうなのだろう。

 合理的に見ればそうなのだろう。

 きっと……オレたちは、間違えたことはしていないのだろう。

 しかしそれは――被害を受けている人々からすれば、どうでもいいことなのだ。

 彼ら彼女らからすれば、オレたちはただの――――

『助けてくれなかった専門家』なのだ。


「本当に……申し訳なかった!!」

「!?」

「白宮どん!?」


 オレは土下座をした。

 冷たいフローリングに額を擦り付けた。

 今のオレに出来ることなんて、謝ることくらいだ。


「今更……と言うのは分かってる!! そう言われ、罵られることは分かっていた!! 何故ならその通りだからだ! 我々は初動を誤っている!! これは、否定しようもない事実だ!!」


 続ける。


「だが! いつまでも、ミスを悔やんでばかりもいられない!! 今のオレたちに出来ることは、謝罪すること! そして――――

 今更ながら! 薄池高校の現状を変えるために、全身全霊を尽くすことなんだ!!」


 赤神円と喜田くんの目が、大きく見開かれたのが分かった。


「今からでも取り戻せる!! 失った髪は、また生えてくる!! だけど今のままでは、卒業するまで生えないんだ!! 生やすことができないんだ!! その状況を……オレは変えたい!! だから……」


 だから――――


「オレに力を貸してくれ!! この通りだ!」


 またしても、土下座の姿勢を取るオレ。

 フローリングに接触している部分が、少し暑くなってきた。

 伝わってくれ……少しでも、オレの誠意……!


「……はぁ……私、土下座って嫌いなのよね」


 ため息混じりに、赤神円が呟いた。


「何て言うの? してる側はさ、こう……プライドみたいなものを犠牲にして、誠意を見せてるつもりなんだろうけど……傍から見るとさ、第三者からみると、させてる側が責められるじゃない? そこまでさせるのかって……そんで、周りの人からの同情を集めて、話を有耶無耶にしがちじゃない。だから、私は嫌い。ただの同情を引くためだけの穢れたパフォーマンスだと、認識しているの」

「………………」


 めちゃくちゃ土下座が裏目に出ていた。

 赤神円は続ける。


「だから土下座は嫌い。土下座をする奴も嫌いだし……何より――――



 土下座をさせてしまう奴が、一番嫌い」



「え……?」


 土下座を……させてしまう奴……? それって……。


「顔を上げて……ごめんなさい、そこまでさせるつもりはなかったの」

「い、いや……これは、オレが勝手に……」

「ううん……そうせざるを得ないほど、あなたを追い込んだのは私だから……。申し訳ないわ。言いたい放題言っちゃった、ごめんなさい」

「そ、それは……」

「あなたのこと……信用させてもらうわ」

「え……?」

「あなたの誠意、伝わったから」


 そう言う赤神円は……優しい目をしていた。

 きっと普段は、こんな目をする子だったのだろう……。


「手を貸して……くれるのか?」

「ええ……。私だって、いつまでも、引きこもりでいるつもりはないから」


 そう言いながら、赤神円はジャージズボンのポケットから何やら取り出した。

「はい」そう言って、差し出して来たのは飴だった。

 いちごミルク味と、可愛い文字で描かれている飴玉だった。

 オレはそれを受け取る。


いちごミルク味の飴それを舐めるとさ、すっごく元気になれるの。お詫びの印と…………」


 赤神円は、少し照れくさそうに笑いながら言った。


「手を貸すことへの、意思表明」

「赤神さん……」

「できれば……その……私としても? 学校……何とかしたいって気持ちはあるし? ……うん、私にできることがあれば、何でも協力する」

「……ありがとう」


 良い人だ。この子も。

 オレは、ぎゅっといちごミルク味の飴を握り締める。


「この三人で! 絶対に、薄池高校を元に戻そう!!」


 メンバーは揃った。

 いよいよ次回から、本格的な【坊主頭の幻想プラシーボ】治療に移ることとしよう。

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