【8】


「それで……ウチの学校の奇妙な校則を破るに当たって、具体的に何をするんです?」


 喜田くんが尋ねてきた。

 当然の疑問だろう。けれど、まずはじめにコレを言っておかなくてはならないな。


「勘違いさせないように言っておくけど、オレたちは、薄池高校に蔓延る奇妙な校則を――――打ち破るのではなく――治療するんだ。その辺の意識の取り違いは、痛い目を見るよ」

「治療……?」


 首を傾げる喜田くん。


「君が今、そうやって首を傾げる程度には、この認識の違いには、意味があるってことさ」

「いやいや白宮くん……いや、さん、かな?」

「どっちでもいいよ」

「なら、白宮様」

「様付けはやめて」

「白宮殿」

「様より、そっちがいいな」

「では白宮殿。ボクが首を傾げたことは、そんな意味のあることではなくてですね? 打ち破ると治療――その違いに意味が分からず、ただただ首を傾げただけなのですよ」


 白宮殿で定着したようだ。

 まぁいいよ、呼び方なんて何でも。


「その、意味が分からない、というのが重要なんだ。早い話、オレたちがこれから立ち向かう【幻想プラシーボ】というものは、『心の病』なんだよ」

「心の病……?」

「そう、病だから、治療するんだ」

「…………ふむ……そういう解釈なのか……」


 都市伝説マニアの喜田くんからすれば、受け入れ難い解釈なのだろう。

 何せ、都市伝説では、『幻想現象』という名で、悪党が悪魔を呼び寄せ、幻想を人間にばら撒くといった風に話が広まっているのだから。

 否、そんな訳がない。

 現実はもっと穏やかだ。

 悪魔なんて存在しないし。

 悪魔がいるとしたら、それは人の心の中に住まうものなのだ。


「都市伝説界では、『幻想現象』と呼ばれているが、正式な名称を『幻想プラシーボ』というんだ」

「幻想……ぷらしーぼ?」

「プラシーボ効果……というものを知っているか?」

「確か……薬でない物を、薬と信じ込んで飲んだら、病が回復する……みたいな効果ですよね」

「そう……早い話が、人間のということだ」

「思い込み……」

「それは薬に限った話ではない――今回の件でいえば、【坊主頭こそが人間のあるべき姿だ】などと、がために、発生してしまった現象――――それが、『幻想現象』……もとい、【幻想プラシーボ】だ」


 悪魔ではなく、人間自体が作り出した現象なのだ。

 悪魔を呼び寄せるまでもない。

 人間ならば――悪魔のような心を持つ人間ならば、それが可能なのである。


「え……? 思い込むだけ?」


 …………しかしどうやら、喜田くんは納得出来ないご様子で。


「その理屈で言うと、本人だけが、その思い込みによって『坊主頭が至高』だと思い込むのはわかります。けれど、何故、その思い込みが周囲を巻き込むことになるですか? 説明がつきませんよ」


 周囲――――薄池高校、全域。

 さすがは喜田くん。鋭いな。だけど……。


「だけどそれ、簡単な話なんだよ。簡単な話で、その性質があるからこそ――【幻想プラシーボ】はんだ」

「……と、いうと?」


、人から人に。【幻想プラシーボ】は」


 さながら、ウイルスのように。


「思い込みが……感染?」唖然とした様子で、喜田くんは言う。


「いやいや……何故、思い込みのような、人の感情とも呼べるものが、他人に感染するのですか? 理解できないですよ」

「そうか? 例えば喜田くん、貰い涙みたいなものってあるだろう? 他人が泣いてるのを見たら、何だか自分が悲しくなって泣いてしまう……みたいな。感情移入なんて言葉もある程度には、感情が伝染るのは、よくある話なんだよ」

「あ……」

「【幻想プラシーボ】の感染は、言ってしまえば、その超強化版だと思ってくれていい」


 そこまで聞いて、喜田くんはゴクリ……と、息を呑む。

 どうやら、【幻想プラシーボ】が如何に危険なものなのかを理解してくれたようだ。


「『感染源』である人間が、幻想を現実と思い込めば思い込むほど、【幻想プラシーボ】は効力を増し、感染力が強化され、範囲を広めていく――ということも、忘れず覚えていてくれ」

「範囲が広がる……ということは、この意味不明の校則が、街全体に広がる可能性もある……と?」

「街全体レベルで済めば御の字だ。この病の一番の恐ろしさは、『際限なく広がりをみせる可能性があるから』とも言える。放置していたら、街全体だけでなく、市全体……はたまた県全域、日本全域――――最悪の場合、世界中に拡がる可能性だってある」

「世界中……」

「それを防ぐため、まだ被害が少ない今の内に……まだ、校内レベルで収まっている内に、この問題を解決しようと、潜入捜査をするに至った、という訳だ」

「……な、なるほど……」

「ご理解いただけたかな?」


「……はい」何かを考えるように、顎に手を置きつつ頷いた喜田くん。

 何か疑問があるようだ。

 そしてその疑問の内容は、おおかた予想がついている。


「……ここまで聞いてもらった上で、話を理解してもらった上で問おう。何か質問はあるかな?」

「では、一つ質問良いですか?」

「どうぞ」

「薄池高校の奇妙な校則……白宮殿が言うところの【幻想プラシーボ】を解決するにあたって、ボクたちがするべきなのは、どういった行動なのでしょうか?」


 やはり、その質問が飛んできたか。

 素晴らしいよ喜田くん……高校二年生とは思えない。

 その優等生っぷりに対するご褒美として、質問に答えて差し上げようではないか。

 これからオレたちは何をして、どのように、薄池高校を支配している奇妙な校則を――――【幻想プラシーボ】を治療していくのか? その方法を、伝授しよう。


「……【幻想プラシーボ】の発病には、概ねがある」

「三つの条件……?」

「一つ目は、多くを語るまでもない基本的な原則……『感染源である人物が、その幻想が現実であると深く思い込むこと』これが、だ」

「第二ステップ? 第一を飛ばして……?」

「ああ。続いて二つ目の条件だが……これが第三ステップとなる。『感染源である人物が、思い込み幻想が現実になった際、それを違和感なく自覚できること』これを満たすことにより、【幻想プラシーボ】という病は定着し、現実や人へと影響をもたらすようになる」

「違和感なく自覚……ですか」

「そう……そもそもこの病は、。幻想が現実化し、それが『有り得ない』などと、わずかでも否定した瞬間――――幻想は現実から消え去ってしまう、という訳さ」

「つまり……今回の件で例えると、『坊主頭こそが志向の髪型である』という【幻想プラシーボ】を発症した感染源の人物に、その幻想はまやかしであることを自覚させることで、問題は解決する……ということですか?」

「概ねその通りだ。しかし残念ながら、その『自覚させる』というのが、とても難しいんだ。何故なら、感染源である者は既に、。まるで。コレらの価値観を引き離すのは、とても難しい」

「……それじゃあ……どうするんです?」

「そこで着目し、重要視すべきなのが、【幻想プラシーボ】発生の第一ステップでもあり、最も根本的な事象でもある――三つ目の条件だ」


 ソレこそが、問題解決の鍵を大きく握っている。

 オレは、三つ目の指を立て、ソレを口にした。


「『幻想プラシーボに至る思い込みについて、発症までの思考プロセスに相応の理由があること』――――これが、三つ目の条件であり、【幻想プラシーボ】発生の第一ステップだ」


「理由……?」

「要するに、問題解決について最も重要なのは――『何故、感染源である人物は、坊主頭が至高であると、思い込むに至ったのか?』という思考プロセスだ。

「……根元から刈り取る……草取りみたいですね。まるで」

「その通り。したがって、これからオレたちがやるべきことは三つ。

 一つ――『感染源である人物は誰なのか? 正体を暴くこと』

 二つ――『その人物は何故、坊主頭の【幻想プラシーボ】を発症するに至ったのか、その理由を解明すること』

 そして三つ――


『理由を否定し、幻想は幻想であると、感染源である人物に理解させること』――以上の三点が、オレたちがこれから行うべき、問題解決方法だ」

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