第10話:次世代(アス)へのエネルギー
第10話:次世代(アス)へのエネルギー
初冬の柔らかな日差しが、緑鮮やかな芝生を照らしていた。
神奈川県、日吉。かつてコウヘイが泥にまみれ、仲間と共に青春を燃やし尽くしたラグビー場のスタンドに、彼は一人で立っていた。
鼻をくすぐるのは、手入れされた芝の青い匂いと、冬の訪れを告げる澄んだ空気。かつてこの国を、そして世界を覆っていたあの煤けた魔力の臭いは、もうどこにもない。空を見上げれば、雲ひとつない「アスエネ・ブルー」の蒼穹がどこまでも広がっている。
「――西和田さん。あ、いえ、西和田社長」
背後から声をかけてきたのは、現役のラグビー部員たちだった。練習を終えたばかりの彼らからは、湯気のような熱気と、懐かしい汗の匂いが立ち上っている。
「先日の『臨界点』の突破、世界中でニュースになっていました。俺たち、誇らしかったです。あの、どうすればあなたのように、世界を塗り替えるような魔法が使えるようになりますか?」
コウヘイは、かつて魔力の奔流を受け止めた右手の傷跡を隠すようにポケットに入れ、部員たちに向き直った。その瞳は、厳しい経営者としての顔ではなく、一人の先輩としての温かさを湛えている。
「魔法? ……そんなもの、私は一度も使ったことはないよ」
「えっ? でも、あんな巨大な災厄を一人で押し返して……」
「あれは魔法じゃない。ただの『執念』と『パス回し』だ」
コウヘイは、部員たちが持っていたラグビーボールを一つ手に取った。革の確かな手触りと、使い込まれた重みが、彼の掌に馴染む。
「いいか、みんな。世界には今、クリーンな魔力が溢れている。でも、エネルギーがあれば世界が良くなるわけじゃない。大事なのは、そのエネルギーを使って、誰に、どんなパスを繋ぐかだ」
コウヘイは空を見つめ、言葉を噛みしめるように続けた。
「魔力(マナ)はただのツールだ。それ自体に意思はない。世界を動かすのは、魔力ではなく君たちの内側にある『情熱』だ。泥臭くてもいい、誰に笑われてもいい。自分が正しいと信じるゴールのために、一歩でも前へ体を張れるか。……その情熱こそが、次世代(アス)を創る本当のエネルギーなんだよ」
部員たちは、静かに、だが熱い眼差しでコウヘイの言葉を聞き入っていた。その表情には、かつて絶望の淵から立ち上がったガンドラ村の人々や、奥多摩の廃坑道で共に戦った社員たちと同じ、希望の火が灯り始めていた。
「さあ、練習を続けろ。……未来は、止まっている奴には作れないぞ」
「はい! ありがとうございました!」
威勢の良い返事と共に、若者たちがフィールドへと駆け出していく。コウヘイはその眩しい背中を、眩しそうに目を細めて見送った。
その時、懐のスマホが、あの特殊な和音で震えた。 トクナガからではない。解析不能なノイズが混じった、深層次元からの緊急シグナル。
画面を開くと、ARモニターが網膜に警告を映し出す。 『第三並行次元。魔力グリッド完全沈黙。汚染指数、計測不能。至急、現場でのアセスメントを乞う』
「……フッ。ノーサイド(休息)は、まだ先みたいだな」
コウヘイは苦笑し、乱れたネクタイを締め直した。 身体の節々はまだ悲鳴を上げている。背負った責任は、商社マン時代とは比べものにならないほど重い。だが、彼の足取りは、これから新しいフィールドへ飛び出すルーキーのように軽やかだった。
「トクナガ、聞こえるか。アポが入った。……次は次元を超えた、特大の『泥仕事』だ」
イヤホン越しに、呆れたような、だがどこか嬉しそうなトクナガの声が響く。 『……またですか、社長。スーツの替え、多めに用意しておきますよ』
「ああ、頼む。……塗り替えなきゃいけない空が、まだまだ残ってるからな」
コウヘイはラグビー場を後にし、足早に歩き出した。 吹き抜ける風が、彼の背中を力強く押す。 それはかつて彼が作り出した「クリーンな風」であり、彼自身が巻き起こし続ける「変革の風」でもあった。
西和田浩平。 魔力変革者(エナジー・シフター)。 彼は今日も、誰よりも早く、まだ見ぬ未来という名のゴールラインへ向かって、全力で駆け抜けていく。
「さあ、始めようか。――セット、エンゲージ!」
その声と共に、彼は光の彼方へと消えていった。 塗り替えられた青空の下、彼の通った跡には、爽やかな草の匂いと、明日を信じる確かな熱量だけが残されていた。
(完)
『魔力変革者(エナジー・シフター):異界の枯渇を救う元ラガーマン社長』 春秋花壇 @mai5000jp
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