第8話:魔力の「排出権取引」

第8話:魔力の「排出権取引」


摩天楼の頂が、どす黒い魔霧(マナ・スモッグ)に覆われていた。 かつて不夜城と呼ばれた大都市・中央区は、今や「魔力総量規制」という足枷によって半死半生の体にある。街角の魔導灯は消えかけ、交通網は麻痺し、人々は凍えた手で僅かな魔力結晶を奪い合っていた。


「――西和田、この街を殺す気か! 魔法を使えなければ、我々のビジネスは立ち行かんのだぞ!」


特設会場となった国際ホール。壇上のコウヘイに対し、恰幅の良い富裕層や中小企業の経営者たちが、怒号と汗の臭いを撒き散らしながら詰め寄っていた。 会場内に充満するのは、焦燥と、腐った魔力が放つ酸っぱい異臭。


コウヘイは、かつて日本代表のスクラムを最前線で受け止めた時のような不動の姿勢で、その怒りを受け流した。


「殺す気なんてありませんよ。私は、この街の心肺蘇生(リブート)をしに来たんだ」


コウヘイは無造作にマイクを叩き、騒音を制した。その音は、ラグビーの試合開始を告げるホイッスルのように鋭く響く。


「いいですか、皆さん。今のこの街は、空気がなくなったのに全員で深呼吸をしようとしている末期状態だ。無理に魔法を使えば、汚染が進んで街ごと自壊する。……だからこそ、今日、この場で『魔力排出権(マナ・クレジット)』のオークションを開始します」


「オークションだと!? 魔力は全市民に等しく与えられるべき権利だ!」


「その『等しく』が、無駄遣いを生んだんです」 コウヘイは、巨大なホログラム・スクリーンを背後に映し出した。 「ここにある数字を見てください。一部の豪華なカジノが浪費している魔力で、貧困層の暖房が三万世帯分賄える。……不公平なのは私じゃない、この不透明な分配構造だ。今日からは、魔力を『資産』として扱ってもらう」


コウヘイはタブレットをスワイプし、取引画面を表示させた。


「魔法の使用量を制限する代わりに、余った枠は売ることができる。逆に、どうしても魔法が必要な企業は、市場からその『権利』を買ってください。……ただし、クリーン魔力を導入した企業には、追加のクレジットを付与します。……さあ、入札を開始しましょう。今の価格は、一マナあたり……」


会場がどよめいた。 これまでは「当たり前」だった魔法の行使に、株価のようなリアルタイムの「価格」がついた瞬間だった。


「ふざけるな! うちはパン屋だ。オーブンの火を維持するだけで、こんな高値を払えるか!」


「なら、オーブンの魔法回路を、我が社の低燃費型にリプレイスしてください。そうすれば消費魔力は三分の一になり、余った権利を市場で売って、あんたの店の利益にできる」


「……なんだと?」


「これは罰金じゃない。努力した者が報われるための『インセンティブ』です。……トクナガ、第一ロット、約定(約定)を開始しろ」


『了解。……社長、買い注文が殺到しています。魔界のファンドも参入してきました。価格が跳ね上がりますよ』


コウヘイの耳元で、トクナガの冷静な報告が響く。 会場の空気が変わった。ただの怒号から、生き残るための「計算」へと。 人々は自分のスマホを握りしめ、刻一刻と変わる魔力の市場価値(マーケット・プライス)を注視し始めた。


「――一〇〇〇万クレジット、買いだ! 背に腹は代えられん!」 「うちは古い冷却魔法を止める! その分の枠を売りに出せ!」


怒号が、いつしか経済の拍動へと変わっていく。 コウヘイは、壇上からその熱狂を見つめていた。 鼻を突いていた腐敗臭が、人々の激しい活動による熱気へと塗り替えられていく。


「西和田さん……あんた、本気でこの街を『市場』の力で変えちまうつもりか」 一人の老商人が、呆れたように、だが感銘を受けた顔で呟いた。


「ラグビーでも、無駄な動きが多いチームは負けます。……必要な時に、必要なだけの力を集中させる。それが、この街を救う唯一の戦術(ストラテジー)だ」


コウヘイは、ワイシャツの袖を捲り上げ、次々と入る大口注文の処理を指示した。 冷徹な市場原理。だがその根底にあるのは、誰も見捨てないための、泥臭いまでの執念だった。


「トクナガ、浮いた魔力の二〇パーセントを『セーフティ・ネット』に回せ。公共施設と病院の魔力は、この取引の利益で全額補填する。……一滴の魔力も、無駄死にさせるなよ」


『分かってますよ。……社長、あなたは本当に、一番厳しい方法で、一番優しい未来を創ろうとしますね』


オークションの終了を告げるチャイムが鳴った頃、会場の外では、厚い魔霧の合間から月光が差し込み始めていた。 パニックは消え、街は「新しいルール」に従って、静かに呼吸を再開していた。


「……ふぅ。これでとりあえず、街の出血は止まったな」


コウヘイは冷めた水を一気に飲み干し、空のグラスを見つめた。 その中には、かつての澱んだ色はもうなかった。


「さて……次は、この世界の魔力汚染が引き起こす『最後の大嵐(カタストロフ)』を、どう押し返すかだ」


彼の視線は、すでにこの街を越え、空の果てに渦巻く不穏な影を捉えていた。 変革のスクラムは、いよいよ最終局面へと突入しようとしていた。


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