第6話:魔界のESG投資

第6話:魔界のESG投資


漆黒の闇がうごめく、魔界の超高層オフィス。その最上階にある会議室は、人間の肺には重すぎるほどの魔圧(まなあつ)に満ちていた。


「——さて、西和田浩平とやら。命を賭けてまで我々に会いに来たのだ、相応の儲け話があるのだろうな?」


上座で不敵に笑うのは、魔界の巨大デベロッパー『パンデモニウム・エナジー』のCEO、魔王ヴォルガノスだ。彼の周囲からは、焦げたタールと血のような、魔界特有の濃密な死の香りが漂っている。傍らに控える魔王たちも、退屈そうにコウヘイを値踏みしていた。


コウヘイは、彼らの威圧感に気圧されるどころか、ネクタイを締め直し、ラグビーの試合開始直前のような鋭い視線で彼らを見据えた。


「ヴォルガノスCEO。私は今日、貴方たちを『救いに』来ました。……このまま人間界の汚れた魔力(カーボン・マナ)に投資し続ければ、貴方たちの帝国は数年以内に『座礁資産』と化して沈没しますよ」


「なんだと……?」 ヴォルガノスの目が赤く光る。周囲の温度が急激に上がり、壁の魔法ガラスがピシリと鳴った。


「言葉を選べ、人間。我々は人間界の無秩序な魔法消費を、安値で買い叩いてエネルギーに変えているのだ。これ以上の優良投資先がどこにある?」


「投資効率(ROI)だけを見ているから、足元の地盤沈下に気づかない。……トクナガ、投影しろ」


コウヘイの合図と共に、室内の中央に巨大なホログラムが現れた。 それは、人間界から魔界へ流れ込む魔力の『質』を分析したデータだ。かつては澄んだ青だったエネルギーの奔流が、今やドロドロとした黒い澱みに覆われている。


「見てください。人間界の魔力汚染はもう限界点だ。貴方たちが投資している『安価な旧式魔力』は、今や毒そのもの。この黒い煤を魔界のインフラに流し込み続ければ、貴方たちの自慢の魔導回路は内側から腐り、爆発する。……現場のエンジニアからは、もう悲鳴が上がっているはずだ」


魔王たちは顔を見合わせた。確かに、最近魔界全域で発生している原因不明の停電や回路の不調。その原因が、自分たちが買い叩いた「安物」にあることを、コウヘイは正確に射抜いていた。


「ラグビーでも、ドーピング漬けの選手ばかり集めたチームは一時は勝てても、すぐに自壊します。……今、魔界に必要なのは『ESG投資』。環境(Environment)、社会(Society)、そして透明性のあるガバナンス(Governance)だ」


「ESG……? 笑わせるな。魔界にそんな倫理が必要だとでも?」


「倫理の話をしているんじゃない。存続(サバイバル)の話をしているんだ!」 コウヘイは一歩、魔王の玉座へと詰め寄った。


「汚れた魔力への投資を今すぐ止め、我が社『アス・マジック』が推進するクリーン魔力開発に資金を移しなさい。……リスクをヘッジし、安定した『次世代の魔力』を独占する。それが真の経営者としての判断でしょう?」


コウヘイはさらに、一枚のポートフォリオを提示した。


「これは、魔力排出権(マナ・クレジット)の取引スキームです。クリーンな魔力を作れば、それがそのまま貴方たちの資産価値になる。略奪ではなく、共生による永久機関。……ヴォルガノスCEO、貴方は破壊者か? それとも、永劫の統治者か?」


静寂が訪れた。 コウヘイの身体からは、緊張による熱気と、それを凌駕する圧倒的な信念の熱が立ち上っている。 魔王は、コウヘイを食い殺さんばかりに見つめていたが、やがて――。


ガハハハハ! と、天井を揺らすような高笑いが響いた。


「面白い……! 人間の分際で、魔王に経営を説くか。……だが、その冷徹な数字と、泥臭いまでの熱量。ミツイの連中からは感じられなかったものだ」


ヴォルガノスは、魔力で編まれた契約書を空中に顕現させた。


「よかろう、西和田。その『ESG』とやらに、我が帝国の資金の三割を投じてやる。……ただし、もし利益が出なければ、お前の魂を魔力抽出の燃料にしてやるぞ」


「契約成立だ。……魂は、世界を変えるまでは誰にも譲れませんよ」


コウヘイは不敵に笑い、魔王と固い握手を交わした。 その掌は、驚くほど熱く、力強かった。


「トクナガ、魔界からの大型出資が確定した。……これで、クリーン魔力の実装(デプロイ)を十倍に加速できるぞ」


『了解です、社長。……魔王を相手にプレゼンなんて、心臓に毛が生えてますね』


「毛じゃない、筋肉だよ。……さて、次は現場だ。金は集まった、あとは世界を塗り替えるための『泥臭い実験』を始めるぞ」


魔界の黒いオフィスを出たコウヘイを、夜明けの光が照らした。 スーツは汗で重いが、その足取りは、巨大な壁を突破した直後のフォワードのように、軽やかで猛々しかった。


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