第5話:サステナブルな召喚術
第5話:サステナブルな召喚術
「――冗談じゃない! 我が一族が三代にわたり使役してきた『紅蓮の巨龍』を、あんな鉄クズに置き換えろと言うのか!」
目の前で激昂しているのは、砂漠の要塞都市を統治する召喚術師、ザルードだ。 室内は、彼が召喚した巨龍が吐き出す熱気でサウナのように蒸し暑い。空気に混じるのは、焼けた鱗の匂いと、過剰に消費された魔力が焦げ付いたような、金属的な異臭だ。
コウヘイは汗を拭うこともせず、涼しげな顔でタブレットのシミュレーション画面を向けた。
「ザルードさん。その『紅蓮の巨龍』、確かに格好いいし、一撃の破壊力は凄まじい。ですが、維持費……つまり消費魔力量が、この都市の国家予算の四割を食いつぶしている。このままじゃ、龍が敵を倒す前に、あんたの街が財政破綻で沈みますよ」
「力には対価が必要だ! これこそが絶対的な守護の証なのだ!」
ザルードが杖を叩きつけると、要塞のバルコニーに鎮座する龍が咆哮した。そのたびに、コウヘイの網膜に投影された『魔力汚染アラート』が真っ赤に点滅する。周囲の空気が歪み、熱波が頬を焼く。
「対価を払うのはあんたじゃない、次世代の子供たちだ。……見てください、あそこを」
コウヘイが指差したのは、要塞の麓に広がるオアシスだった。かつては青々としていたはずの泉は、巨龍が排出する『魔力の煤』によってドロドロのタール状に変色している。
「ラグビーの試合と同じですよ。一人だけバカ高い年俸を取って、走らないスター選手を使い続けてチームが崩壊する……。そんなの、プロの仕事じゃない」
「なっ……我が守護龍を、走らぬ選手だと!?」
「ええ。今の時代、必要なのは『重機』じゃない。『高効率なシステム』だ」
コウヘイはカバンから、手のひらサイズの小さなクリスタルを取り出した。アス・マジックが開発した『次世代型・分散召喚コア』だ。
「これにリプレイスしましょう。強力な一体(スター)に頼るのをやめて、この街の微細な精霊たちをネットワークで繋ぎ、群れ(集団)として機能させる。いわば『サステナブルな召喚術』です」
「ふん、そんな小石のようなもので何ができる!」
「トクナガ、デモを開始しろ。ターゲットは、あそこの廃墟と化した監視塔だ」
イヤホンからトクナガのタイピング音が聞こえる。『了解です、社長。……リプレイス後のROI(投資対効果)、見せつけてやりましょう』
コウヘイがクリスタルを空中に放り投げた。 直後、巨龍のような派手な爆発も熱風も起こらなかった。ただ、微かな鈴の音のような澄んだ響きと共に、千を超える極小の「光の蝶」が舞い降りた。
その光景は、猛々しい巨龍に比べればあまりに儚く、美しい。 だが、光の群れが監視塔に触れた瞬間――。
パキパキという、結晶が凍りつくような音。 蝶たちは塔の構造上の「弱点」を完璧に把握し、最小限のエネルギーをピンポイントで流し込んだ。 ズ、ズズ……。 巨大な石造りの塔が、爆発することなく、自重で崩れ落ちるように解体されていく。音も、熱も、汚染も、ほとんど出ない。
「……な、なんだと? これほどの破壊を、これほど静かに……」
「これが『低燃費・高出力』の実力です」 コウヘイは、手元に戻ってきたクリスタルを軽く放り投げ、キャッチした。
「巨龍の一撃は百点満点かもしれないが、九十点は無駄な熱量として環境に捨てられている。対して、この蝶たちは五点の力を二十箇所に、一ミリの狂いもなく打ち込む。エネルギー効率は巨龍の十倍。しかも排出される煤はゼロだ」
ザルードは震える手で、崩れた塔の跡を見つめていた。 鼻に付いていた硫黄の匂いが消え、代わりにオゾンを含んだ清涼な風が吹き抜ける。
「ザルードさん。あんたの誇りは、龍を飼うことですか? それとも、この街を未来へ繋ぐことですか?」
コウヘイはザルードの隣に立ち、同じ景色を見つめた。 「あんたの龍は、引退させてやりましょう。代わりにこの『アス・マジック』のシステムを導入すれば、浮いた魔力で街の全家庭に冷房を通し、あの死んだ泉を再生できる。……スクラムと同じですよ。一人の英雄に頼るのをやめて、全員で繋がるんだ」
沈黙が流れる。要塞の上で、巨龍がまた一つ、重苦しい溜息のような熱気を吐き出した。
ザルードは、ゆっくりと杖を降ろした。 「……西和田殿。お前の言う通りかもしれん。……我が龍も、もう疲れているようだな。この熱に、街の者が耐えかねていることも、実は気づいていたのだ」
「賢明な判断です。……ビジネスの世界じゃ、引き際を見極めるのが一番のファインプレーですから」
コウヘイは不敵に、だが確かな敬意を持って笑った。
「トクナガ、契約成立だ。移行スケジュールを組め。……龍の『退職金』代わりに、最高のメンテナンス・プログラムも用意しておけよ」
『了解です、社長。……これで砂漠の空気も、少しはマシになりますね』
「ああ。塗り替えよう。まずはこの熱すぎる空気を、誰もが深呼吸できる青空に」
コウヘイは、すでに次の提案(リプレイス)先を考えていた。 スーツの襟を正す彼の背中には、古びた魔法を過去へと送り出し、新しいエネルギーの形を刻み込んでいく、変革者の熱が宿っていた。
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