第4話:スクラムで繋ぐグリッド

第4話:スクラムで繋ぐグリッド


標高二千メートル、切り立った断崖の先に位置する「ガンドラ村」。ここはかつて精霊の加護が厚い地であったが、今や吹き付ける風は痩せ、村を照らす魔力灯は断末魔のような瞬きを繰り返していた。


「……ひどいな。出力が安定しないどころか、漏洩した魔力が地表で腐っている」


コウヘイは厚手のコートの襟を立て、村の中央広場に降り立った。 鼻を突くのは、古びた電池が液漏れしたような、ツンとした刺激臭。そして、重苦しい沈黙。広場に集まった村人たちは、互いに視線を合わせようともせず、ただ肩を寄せ合って寒さに耐えていた。


「西和田さん、見ての通りです。ここはもう、おしまいです」 案内役の村長が、力なく首を振った。 「隣の家が魔法を使えば、こちらの灯りが消える。限られた魔力を奪い合い、昨日も井戸のポンプを巡って殴り合いが起きました。もう、誰も信じられんのです」


その時、広場の端で言い争いが始まった。 「おい! お前が夜通し防寒魔法を使ったせいで、うちの赤ん坊のミルクを温める熱源が死んだんだぞ!」 「知るか! 凍死しろと言うのか!」


剥き出しの敵意。焦燥。そして絶望。 コウヘイの胸に、かつての苦い記憶が蘇った。連敗続きだった頃のラグビー部。互いのミスを責め合い、結束がバラバラになったチームの空気そのものだ。


「——全員、聞けッ!!」


コウヘイの声が、広場に響き渡った。腹の底から絞り出した、地を這うような重低音。 騒ぎが止まり、村人たちの視線が一斉に彼に注がれる。


「あんたたちがやってるのは、試合を投げて身内でボールを奪い合ってるだけの、最悪なプレーだ」


「なんだと? よそ者のあんたに何がわかる!」


「わかるさ。あんたたちの目は、自分しか見ていない。……いいか、魔力は奪い合うもんじゃない。循環させるもんだ」


コウヘイは雪の上にブリーフケースを置くと、ポータブル投影機を起動した。 暗い空に、村全体の魔力の流れが「見える化」されたグリッド図として浮かび上がる。そこには、あちこちで断絶し、無駄に垂れ流されているエネルギーの残骸が赤く点滅していた。


「トクナガ、接続準備だ。村の全家庭の魔力結晶(バッテリー)を一時的に解放させろ」


『了解。……でも社長、これには村人全員の「合意」が必要です。一人でもゲートを閉じれば、負荷がかかってグリッドが爆発しますよ』


「わかっている。……おい、みんな! 今から一分間だけ、あんたたちの家の魔力をすべて私に預けてくれ!」


村人たちがざわつく。「バカな! 凍え死ねというのか!」「全部預けて、持ち逃げされたらどうする!」


コウヘイは一歩前へ出た。冷たい風に晒されながら、コートを脱ぎ捨て、ワイシャツ一枚になる。筋肉質の身体から立ち上る熱気が、わずかに雪を溶かした。


「信じてくれ。ラグビーには『One for All, All for One』という言葉がある。一人はみんなのために、みんなは一人のために。……今、あんたたちが自分のことだけを考えれば、この村は確実に冬を越せない。だが、全員で一列に並んでスクラムを組めば、この逆境は押し返せる!」


コウヘイは一番端にいた、先ほど怒鳴っていた男の目を見据えた。 「あんたが最初にゲートを開けろ。あんたの余った熱を、隣の赤ん坊に回すんだ。そうすれば、次は隣の家が発電した光が、あんたの家を照らす。……私がそのパスを、完璧に回してやる」


男の手が震える。コウヘイの瞳には、嘘も計算もない。ただ、泥臭いまでの「突破力」を信じる男の情熱だけがあった。


「……やってやるよ。どうせ死ぬなら、最後に賭けてやる!」


男が家の魔力ゲートを開放した。それを皮切りに、一人、また一人とゲートが開いていく。 AR(拡張現実)のモニター上で、赤かった断絶ラインが、次々と青い「繋がり」に変わっていく。


「——トクナガ、今だ! 同期しろ!」


『全回路接続……同期開始! 循環(ループ)を形成します!』


その瞬間、ガンドラ村に奇跡のような光景が広がった。 地下に眠っていた古い魔力導管が共鳴し、各家庭から集まった微弱なエネルギーが、コウヘイの構築した「仮想グリッド」を通じて、力強い一つの奔流へと変わった。


シュゥゥゥ……ッ!


淀んだ空気の匂いが消え、代わりにオゾンを含んだ清涼な風が村を吹き抜ける。 広場の街灯が、今まで見たこともないほど明るく、暖かな琥珀色に輝き出した。


「暖かい……。魔法を使っていないのに、家中が暖かいぞ!」 「隣の家の光が、うちの窓まで届いている……」


村人たちの顔から険が消え、驚きと喜びが広がっていく。 コウヘイは膝をつき、激しく肩で息をしていた。全神経を集中させて魔力の分配を制御した代償だ。


「……見たか。これがスクラムの力だ。一人じゃ微力でも、繋がれば『力(パワー)』になる」


村長が歩み寄り、コウヘイの逞しい肩に手を置いた。 「西和田さん……あんたは、魔力を売りに来たんじゃない。私たちに『信じ合う心』を取り戻させに来たんだな」


「……いや、私はビジネスをしに来たんですよ。……この村のクリーン魔力が安定すれば、アス・マジックの評価も上がる。Win-Winだ」


コウヘイは強がりを言いながら、立ち上がって土を払った。 その顔は、試合後のノーサイドのように清々しかった。


「トクナガ、村の管理システム(CMS)を構築してくれ。これからは村人自身で、魔力のパス回しができるようにトレーニングする」


『了解です。……でも社長、そんなに頑張ると、またスーツの予備がなくなりますよ』


「構わんさ。世界を塗り替えるには、多少の汗と汚れはつきもんだ」


コウヘイは、光り輝く村を見渡した。 バラバラだった個の力が、今、一つのチームとして呼吸を始めている。 その中心で、彼は確信していた。 どんなに深い絶望(闇)も、正しいパス(繋がり)さえあれば、必ず光へと変えられることを。


「さあ、次は……この成功事例(ケーススタディ)を持って、もっと大きな壁(相手)をなぎ倒しに行くぞ」


彼の視線の先には、魔力を浪費し続ける巨大な消費都市の影が見えていた。


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