第3話:異界の商社マン
第3話:異界の商社マン
大手町の中心にそびえ立つ、全面強化魔法ガラスの巨塔。かつての古巣『ミツイ・アルカナ』の応接室は、冬の朝のような冷徹な静寂に包まれていた。
「コウヘイ、いい加減にしろ。泥遊びは終わりだ」
重厚な革椅子に深く腰掛け、琥珀色の魔力酒を揺らしているのは、元上司のミツイだ。かつてコウヘイに商売のいろはを叩き込んだ男の瞳は、今は冷酷な捕食者のそれだった。
「お前の『魔力見える化』だか何だか知らんが、おかげで地方の精霊契約が滞っている。魔力の効率化だと? 我が社が数百年かけて築いた供給利権を、データという名の薄っぺらな紙切れで壊すつもりか」
「ミツイさん。薄っぺらなのはデータじゃありません。現場の悲鳴を無視した、あんたたちの供給モデルの方だ」
コウヘイは真っ直ぐにミツイを射抜いた。 室内には高級な葉巻の香りが漂っているが、その奥に潜む「停滞した魔力」の澱みをコウヘイの鼻は見逃さない。
「精霊たちはもう限界だ。あんたたちが無理に引き出す汚れた魔力(カーボン・マナ)のせいで、彼らの住処は腐り始めている。……私はそれを変えに来た」
「ふん。正義感で飯が食えるか。……通告しておく。明日から地方の精霊銀行(マナ・バンク)に対し、お前の会社との取引を一切禁ずるよう手を打った。ベンチャー一匹、干上がるのは一瞬だぞ」
ミツイの背後に控える魔導師たちが、威圧的な魔力を放つ。だがコウヘイは、かつてスクラムの最前線で浴びた衝撃よりも軽いと言わんばかりに、不敵に笑った。
「——そうですか。なら、私は私のやり方でやらせてもらいます。失礼します」
コウヘイは踵を返し、巨塔を後にした。
それから一週間。コウヘイの姿は、中央の煌びやかなオフィスではなく、東北の辺境、霧深い森の入り口にあった。
「……社長、もう六件目ですよ。精霊たちはミツイの圧力を恐れて、扉すら開けてくれない」
同行するトクナガが、泥にまみれた靴を見つめて溜息をつく。雨が降り出し、湿った土と古い苔の匂いが辺りを支配していた。
「トクナガ。商社時代の先輩が言ってた。『数字を作る前に、道を創れ』ってな。……ドアを叩き続ける。それが営業の、いや、ラガーマンの基本だ」
コウヘイは、ずぶ濡れのスーツのまま、森の奥深くにある古ぼけた祠の前に跪いた。そこは、この地域の魔力を司る長老精霊・エントの住処だ。
「エント様! アス・マジックの西和田です! また来ました!」
祠からは何の反応もない。だがコウヘイは、地べたに這いつくばるようにして、持参したポータブル投影機を起動させた。雨粒に反射して、空中に青いグラフが浮かび上がる。
「あんたの森の魔力、先週よりさらに3パーセント濁ってる。ミツイ・アルカナが提示した契約書を読みました。あれは精霊の命を削って魔力を抽出する『搾取』の契約だ。……見てくれ、この設計図を! 私のシステムなら、抽出量を半分に減らしても、あんたの森を再生しながら村に電気を供給できる!」
「……人間よ、帰れ」 地を這うような、重厚な声が響く。祠の影から、木の皮のような肌を持つ巨人が姿を現した。
「商社の力は絶大だ。彼らに逆らえば、我ら精霊は市場から排除される。……お前のような小さな羽虫に何ができる」
「排除? 結構じゃないですか! 彼らが提供しているのは『古い死』だ。私が持ってきたのは『新しい生』だ!」
コウヘイは立ち上がり、エントの足元へ駆け寄った。冷たい雨が顔を叩くが、彼の熱量は増すばかりだ。
「私は商社にいたから知っている。彼らが一番恐れているのは、末端の消費者が『賢くなること』だ! エント様、あんたがミツイに依存しなくなれば、彼らの利権はただの幻想になる。……私に賭けてくれ。私の会社は、あんたの森と『ワンチーム』として、次世代のエネルギーを創りたいんだ!」
エントの瞳が、コウヘイをじっと見つめる。 ラグビー部時代、冬の合宿で泥を啜りながらもゴールを見つめていたあの頃と同じ、一点の曇りもない瞳。
「……泥臭い人間だ。だが、そのデータの奥にある『熱』……ミツイの連中からは感じたことのないものだ」
巨人が、ゆっくりと手を差し出した。 その瞬間、森の木々がザワザワと共鳴し、空気中の汚染魔力がコウヘイのデバイスに吸い込まれていく。
「西和田よ。我ら精霊の声を、その『数字』とやらで世界に届けてみせろ。……契約だ」
「——ありがとうございます!」
数日後。 ミツイ・アルカナのオフィスに、緊急の報告が飛び込んできた。
「ミツイさん! 地方の精霊たちが一斉に、我々との契約更新を拒否しています!」 「何だと!? あんなベンチャーに何ができると言ったんだ!」
報告書の表紙には、ドロドロのスーツ姿で精霊と握手するコウヘイの写真と、精密に計算された「クリーン魔力移行計画」の数値が並んでいた。
コウヘイは、遠く離れた山頂で、スマホを耳に当てていた。
「ミツイさん。聞こえますか? 利権は、誰かを守るために使うもんです。……あんたの教えですよ」
電話の向こうでミツイが絶句するのが伝わる。コウヘイは晴れ渡った空を見上げ、清々しい空気を感じながら笑った。
「さて。地盤(フォワード)は固まった。次は……この魔力を繋ぐグリッド、スクラムで押し込みますよ」
彼の瞳には、かつての古巣さえも塗り替えていく、圧倒的な変革の炎が宿っていた。
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