第2話:魔力汚染の「見える化」

第2話:魔力汚染の「見える化」


京都の奥座敷、霧に包まれた山間に、その古色蒼然たる屋敷はあった。 代々続く魔術の名門「九条家」。門をくぐると、鼻腔を突くのは古い書物の匂いと、線香、そして——重く湿った、焦げた電気のような異臭。


コウヘイは眉をひそめ、タブレット端末の画面を確認した。 「……ひどいな。計測不能(オーバーフロー)寸前だ」


「西和田殿、お言葉ですが、我が一族の法術に不備などあり得ませぬ」 案内する若き門弟が、不快げに胸を張る。屋敷の中庭では、当主の九条厳山(げんざん)が、十数人の門下生を前に「雨乞いの儀式」を執筆中だった。


「《天の龍よ、我が呼び声に応え、潤いの雫を落とせ》!」


厳山が豪華な装飾の施された杖を振るう。 直後、空に巨大な魔法陣が展開され、目も眩むような黄金の光が降り注いだ。周囲の気温が急上昇し、バチバチと静電気が肌を刺す。凄まじい熱量だ。だが、肝心の雨は一滴も降らず、代わりに空から黒い、煤のような塵がハラハラと落ちてきた。


「おかしい……出力は最大のはずだ。魔力を注げ! もっとだ!」 厳山の怒声が響く。門下生たちが必死に魔力を絞り出す。周囲の木々は、その熱に当てられて茶色く変色し始めていた。


「——そこまでだ。九条先生、全員今すぐ手を止めてください」


コウヘイの声が、静寂を切り裂いた。 彼は中庭の中央に歩み出ると、タブレットを操作し、空間に巨大なホログラム・ディスプレイを投影した。


「何だ、この無礼な若造は! 儀式の邪魔をするな!」 厳山が杖を向け、威嚇する。だがコウヘイは動じない。その瞳は、スクラムを組む直前のラガーマンのように冷徹で、獲物を逃さない。


「先生。今、貴方たちがやったこと。それは雨乞いじゃない。ただの『環境破壊』です」


コウヘイが画面をスワイプすると、九条家が今放出したエネルギーの構造が、残酷なまでに鮮明な「数値」としてグラフ化された。


「見てください、この赤い領域を。これが貴方たちの魔法が排出した『魔力の煤(カーボン・マナ)』の量です。本来、魔法は自然界のエネルギーを循環させるもの。ですが貴方たちの法術は、旧式すぎて燃焼効率が最悪だ。消費したエネルギーの八割が、雨に変わることなく、ただの汚染物質としてこの土地に溜まっている」


「デタラメを! 我が家は千年前からこのやり方で……!」


「千年前は、今ほど魔力の供給網(グリッド)が逼迫していなかった。だから多少の無駄も許された。ですが今は違う」 コウヘイは一歩踏み込み、厳山の足元を指差した。 「足元を見てください。名木と言われた紅葉が枯れている。これは病気じゃない。貴方たちが垂れ流した『魔法の燃えかす』に、根が窒息させられているんだ」


厳山は絶句した。 確かに、自慢の庭園はいつの間にか生気を失っている。だが、老魔術師のプライドがそれを認めることを拒む。


「……目に見えぬ数値を信じろというのか? 我が一族の誇りにかけて、そんな恥辱は受け入れられん!」


「誇り、ですか。……先生、ラグビーではね、どんなに華麗なステップを踏んでも、ゲインを切れなきゃ意味がない。今の貴方たちは、自陣のゴール前でただ闇雲に突進して、味方の首を絞めているだけだ」


コウヘイはタブレットを厳山に差し出した。そこには、九条家の「魔力効率」が、新進気鋭の魔術ベンチャー企業のわずか四分の一であるという比較データが表示されていた。


「誇りを守りたいなら、やり方を変えてください。伝統を未来に繋ぐのが、当主の責任でしょう? 幸い、貴方たちの『基礎出力』自体は素晴らしい。……この『アス・マジック』の最適化ツールを使えば、消費魔力を六割削減しながら、確実に雨を降らせることができます」


「……六割削減だと? そんな魔法のような話が……」


「魔法じゃありません。徹底的な『見える化』と、プロセスの再構築だ。先生、あんたのその杖を、世界を汚すためじゃなく、冷やすために使ってみませんか」


コウヘイの言葉には、商社マンとして巨額の契約をまとめてきた重みと、現場で泥を啜ってきた者の確信が宿っていた。


静まり返る中庭。風が、煤の匂いを運んでくる。 厳山は、震える手でコウヘイのタブレットを手に取った。初めて見る自分の「魔法」の正体。そこに並ぶ無慈悲な数字が、彼に現実を突きつけていた。


「……西和田殿。……やり方を、教えろ。この庭を……我が家の誇りを、このまま腐らせるわけにはいかぬ」


コウヘイの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。 「承知しました。まずは、この屋敷全体の魔力フロー(流れ)の診断から始めましょう。トクナガ、聞こえるか。……九条家と正式に契約だ。環境改善(コンサルティング)のセットアップを頼む」


『了解、社長。……老舗のプライド、折るの早かったですね』 イヤホンから聞こえるトクナガの呆れ声に、コウヘイは小さく首を振った。


「折ったんじゃない。彼らが進むべき『ゴール』への道筋を、見えるようにしただけだ」


コウヘイはタブレットを受け取り、次の作業へと取り掛かる。 その背中は、どんな老練な魔術師よりも頼もしく、この濁った空気を切り開く一陣の風のように見えた。


「さて、次は……この古い利権を握る連中に、どうやってこのデータを飲ませるかな」


名門・九条家の変革。 それは、世界規模で展開される「魔力革命」の、ほんの序章に過ぎなかった。


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