第4話 ちゃんとキミの恋人になれるよう努力するよ

「それじゃあ、綾乃。あたしと、付き合ってほしい」

「わかった。どこに行けばいいの?」


 どうやら、場所の指定があるらしい。

 どこに連れていかれるのだろうか。怖いお兄さんがいる事務所に連れていかれて、そのままえっちなお店に売られる? それならまだいいけれど、外国に飛ばされてお腹を開かれ、内臓を売りさばかれるような展開だったら嫌だな。何でもするとは言ったけれど、せめて命だけは助けてほしい。マグロ漁船とかならまだ――。


 必死に最悪のシミュレーションを重ねる私を、結花はなぜかぽかんと口を開けて見つめていた。

 あれ? 何か違っただろうか。


「……あのね、そんな古典的なボケ要らないのよ綾乃」


 結花はブランコから立ち上がって、私の正面に立った。


「あたし、付き合ってほしいって言ったの」

「うん? だから、どこにでも行くって――」

「アホかぁっ!?」


 結花は顔を真っ赤にして、グイっと私に詰め寄ってきた。

 何。わからない。薄暗い中、街灯に照らされた彼女の傷跡がちらりと見えて、私の心臓がびくんと跳ねた。


「お付き合いしてって言ったの! 交際してほしいの! あたしの恋人になって、って言ってるの!」

「なるほど――え?」


 「なるほど」と口走ったものの、やはり意味がわからなかった。

 私と結花が、恋人? 店長とリンネ先生のような関係になろう、ということ?


 結花は頬を染めたまま、ぷいっと顔を背ける。

 左半分の傷が隠れ、恥じらいを帯びた綺麗な横顔が、私の視界を支配する。


「何よ。女同士は嫌?」

「いやじゃ、ないけど……」


 あの二人店長と先生の関係を間近で見ているから、女性同士の交際には理解がある方だと自負している。自分がそうなるというのは想像の世界でしかなかったけれど、それが結花の望みなら、受け入れるのは私の義務だ。

 けれど、やっぱり腑に落ちない。結花はどういうつもりで「交際」なんて言い出したんだろう。再会してまだ半日。ロクに話してもいないのに。


 結花は実は、昔から私のことが好きだった……? いやいや、あり得ない。だって私たちは加害者と被害者。私がその顔に、あんなおぞましい傷をつけたのに。好意を持たれる理由がない。


 私は、キミの人生をめちゃくちゃにした張本人。キミは私を恨んでいて、復讐したいはずなんだ。


「ねえ、綾乃……だめなの?」

「い、いい……けど」


 とにかく、今はそう答えるしかなかった。

 私は結花を拒絶できない。してはいけないのだから。


「やった!」


 結花は私に向き直り、満面の笑みを浮かべた。

 街灯に照らされて、まるで向日葵のように明るい笑顔。

 その瞬間、彼女の顔から一切の傷跡が消えたような錯覚さえ覚えた。


「じゃあ、あたしたち今日から恋人だね、綾乃」


 結花は嬉しそうに私の両手を取った。

 おかしい。これではまるで、本当に結花が私のことを好きみたいじゃないか。


「――っ」


 違う。そんなわけがない。

 結花の左目がぎょろりと動いて、私の瞳を直視した。『お前を許すはずがないだろう』と、その視線が、傷跡が語っている。これは間違いなく、結花の復讐の一環だ。


 『美人局つつもたせ』という詐欺がある。

 男が女をホテルに連れ込んだら、女の怖い彼氏が現れて「俺の女に手を出したな」と因縁をつけて金を要求するやつ。


 そうだ。似たシチュエーションが、リンネ先生の著作にもあった。

 父を殺された娘が、復讐相手の男に近づいて誘惑し、やがてその妻になる物語。彼女は男を何十年も献身的に支え、男が始めた事業が軌道に乗って人生の絶頂に立った瞬間――男を地下室に監禁し、拷問にかけるのだ。それだけに飽き足らず、男の会社と財産をすべて投げ打ち、男の成功そのものさえ徹底的に無に帰して、最後には命を奪う。あまりにも凄惨な描写に、読んだ後は震え上がってしばらく眠れなかったことを覚えている。


 こうした復讐劇の世界では、復讐者はまず標的を徹底的に甘やかす。誰もが羨むような幸福を与え、警戒心を解き、自分が雲の上に立っていると思い込ませた瞬間――その雲を消し去る。結花のこの告白は、私を奈落へ突き落とすための準備、その第一段階に違いなかった。


 ……わかったよ、結花。

 それがキミのやりたいことなら、好きなようにさせてあげる。私を幸せにした後、絶望のどん底に突き落としてくれるんだね。


 私がキミを傷つけた罪は、それでようやく清算される。


 私は結花の手を握り返して、ブランコから立ち上がった。


「ちゃんとキミの恋人になれるよう努力するよ、結花」

「……嬉しい。あたしやっぱり綾乃のこと、■■■■」


 ――あれ?


 結花は今、なんて言ったんだろう。まるでノイズが走ったように、最後の言葉だけが聞き取れなかった。

 聞き返すのも悪い気がして、何も言えなくなってしまう。


 まあ、いい。とにかく償いの道は決まった。

 私は今日から結花の恋人として幸せになって、それから彼女の手によって理不尽に絶望のどん底へ叩き落とされるんだ。どんな方法で絶望させられるのかはわからない。怖い。怖くてたまらない。


 けれど、それでようやく、やっと私は――。

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幼馴染で元親友のあの子は私に復讐したいはずなのに! 星のうつみ @utumi_sousaku

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