いじめっ子に祝われる

渡貫とゐち

第1話


 教室の隅っこにいる辺見(へんみ)さんは、いわゆる地味な女子だった。前髪で片目を隠しているので分かりづらいけど、顔立ちは意外と……美人さんだ。

 僕は分かっている……いいや、僕だけじゃなく、同じく地味ーな男子はみんな分かっているだろう。辺見さんをちらちらと窺う視線は、自分が見られているわけでもないのに気になるものだった。


 そんな辺見さんはいじめられていた。クラスのギャルと……その彼氏に。


 数日後に迫った学園祭に乗り気の陽キャたちは、クラスの出し物であるカフェに力を入れていた。企画し、他クラスと連携したり……コラボまでしている。その許可を取り付けてきたのはギャルだった。彼女の働きぶりには感謝しなければならないが……でも。


 だからって横暴な態度が許されていいわけではないだろう。いくら、辺見さんが乗り気でなく、プライベートが忙しいという理由で準備作業があまりできなかったからと言って……乱暴な態度で雑用を押し付けるのは、違うと思う……。


 たとえ、ギャルを筆頭にした陽キャたちの意見だからと言っても。


 ――いつもクラスに貢献しない暗ーい人なんだから、この時くらい協力してよ。


 と。そう言われたら辺見さんも断り切れず、渋々ながらも了承していたけれど――問題が発覚した。

 カフェで使う大きな壁の(スタジオ)セットが壊れていたのだ。……壊されていたのかどうかは分からないが、カフェを運営するのに大事なセットなのに……それが……。


 そして、犯人は。

 セットが壊れた原因は、辺見さんに押し付けられてしまった。


「この担当はあんたでしょ。どうしてくれるの、これ」

「あーあー、派手に壊れちゃって……また作り直しだねー」

「あんたさあ……徹夜で直しなさいよ?」


「……わたしじゃない」


 小さな声だけど辺見さんは強く言った……でも、


「そんなのもうどっちでもいいの。担当した人が直すべきでしょ? 管理も仕事のうち。そんなことも知らなかったの?」


 正論に聞こえるけど、辺見さんにそこまで求めるのは違うだろう。

 たかが学園祭準備の、ひとつの仕事だ。


 無理に任せたに過ぎないのに、全責任を辺見さんに押し付けるのは違うだろう。

 言われた辺見さんは俯き……なにも言い返さず。


 自分の立場が悪いことを分かって、飲み込んだのか……?

 ギャルの方も、フン、と強気だった。


「うだうだいいからさ、早く作り直せ」

「……」

「ねえ、みんなもそう思うよね?」


 と、周りに聞いた。ざわざわしていた教室が一瞬、ぴたっと止まる。

 ……みんなもそれぞれ自分の仕事がある。徹夜をするなら、自分の仕事を終わらせたいと思うだろう……だから辺見さんを手伝う余裕はなかった。


 だから反対意見は出なかった。可哀そう、という声もなく。


 ……思っている人はいたかもしれない。

 でも、声は上がらなかった。


 ギャルの同調圧力に負けて、全員が辺見さんに押し付けた――

 ほんと……ギャルもそうだけど、僕たちもクズだ……。



 言われっぱなしの辺見さんは言い返さなかった。

 俯く彼女は、肩を小さくして委縮してしまっている。


 誰も擁護をしないから、彼女はさらに悪循環に陥って、閉じこもってしまう。……誰も彼女の味方をしないのは当然だ。だって、ギャルたちの次の標的にはなりたくないのだから。

 …………それはひとりぼっちになるのが怖いから、だろう。


 だったら――。

 だったら、さ。


 ある考えが、頭をよぎった。


 同時に、あの子を守れるかもしれないという期待が、正義感という衝動と混ざった。


 だから口に出していた――ついついこぼれ出た言葉だった。



「――へ、辺見さんっ、好きだ! だから僕も徹夜で手伝うよ!!」


「…………へ? 向井(むかい)、くん……?」



 まるで時が止まったみたいに、教室がさらに一段、静かになった気がした……。

 そこで、あ、と気づく。

 今、叫んだのは僕だよな……?

 なんて言った……⁇


 遅れて理解し、顔が熱くなる。耳なんか真っ赤だろう……だけど、立ち上がりかけてどんと腰を据える。腹をくくった――逃げるなよ、僕。


 ギャルたちの、いじめの標的になるのが怖いのは、僕だって同じだけど……だったら絶対の味方を作ればいいと思った。――恋人になる。

 もちろん、辺見さんに断れるかもしれないことは分かってる。その時はその時だ。


 リスクを取ってでも、今は辺見さんの味方をすることが最優先だ。

 辺見さんを笑顔にさせることが、学園祭よりも大事なことだった。

 正直なところ、辺見さんが笑っていられるなら、僕はいじめられてもなんとか堪えらえる。


「徹夜、してくれますか、辺見さん……」

「…………」


「おい、辺見」


 と、ギャルが辺見さんの肩を強く叩いた。

 う、と顔をしかめた辺見さんだったけど、ギャルに敵意はなかった。


「返事してやんなよ。陰キャが勇気を出してくれたんだぞ?」

「陰キャは余計だよ……」

「え、陽キャだったの?」

「陰キャだけどさ……」


 その論争はどうだってよくて。


「……あ、ありがとう、向井くん……じゃあ……徹夜で、一緒に――」

「そこじゃないだろ」


 ギャルは辺見さんを逃がさなかった。

 僕としては、そこまで追いかけなくてもいいんだけど……でも、援護射撃としては助かったよ。僕も、なあなあにしたくはなかったから。


 勢いで言ってしまったけど、お預けは嫌だ。

 いっそのこと、ばっさり斬ってほしいし……。


 ギャルが面白がっているのはすぐに分かった。告白イベントにキャーキャー言って盛り上がるのは、彼女も変わらない……というか彼女が筆頭かも。

 ギャルが、辺見さんと僕を見比べ、


「告白の返事。あんたら、付き合うの⁇」


 一旦、返事は保留になった。



 その後、徹夜をして、カフェのセットも壊れた部分を作り直し――時間ができた。

 夜の学校で、辺見さんとよーく話し合った結果…………僕たちは付き合うことになった。


 それを嗅ぎつけたギャルが翌日になって野次馬のごとく……いいやあれは姉御肌だったか……色々と聞いてきた。

 発端は彼女だから、聞く権利があると主張していたけど――『おかげ』でもあり、『せい』でもあるんだよなあ、と、口には出さなかった。


 ギャルの質問攻めに答えた後で、


「お祝いをしないとな」

「え? いやいいよ……」

「うちの知り合いのカフェに連絡した。予約も取れたし、貸し切りだぞ! 付き合った記念に盛大に祝ってやる!」


 ギャルが言うそのカフェが、学園祭でやる僕たちのカフェのモデルになったらしい。

 ノウハウのはその店長さんから――だそうだ。


「……ねえねえ、なんでこの人はこんなにテンションが高いの?」


 辺見さんが僕の袖をくいくいと。

 この人はこの人で距離が近くなるとさらに可愛い人だった。……萌える……。


「さ、さあ……喜んでくれてる……んじゃないかな?」


 僕たちが戸惑う中で。

 彼女の彼氏がそっと近づいてきた。


「学校全体でもカップルが少ないんだよ。コイバナしたいのにできないーっ、って、いつも不満言ってるからさ……だから嬉しいんだろうね」


「……いじめてきたくせに?」


 辺見さんは気にしていた。

 まあ、そうだろう。いじめられていた側は忘れないことだ。

 ただ、いじめた側はまったく気にしてなさそうだけど。


「それはそれ、これはこれなんじゃない?」


 それを彼氏の君が言うのかね。

 まあ、本人が言うよりはまだ……まだマシだった。


「たぶん、いじめてる感覚がないんだよ……あれは、お説教とか、批判とか、そういうもので、いじめじゃないんだろうねえ……」


「でも、わたしは嫌だった」

「それを、あの子は分かってないんだよ」


 人としての欠陥だろ。

 けど、分からないことに気を付けてほしい、と言っても難しいか……。

 学ばせてから教育しないと意味がないのだろう。


 いじめ、という構造は複雑だった。

 ……そりゃあ、うん十年も解決できない事件なわけだ……。


「まあ、軽い気持ちで来てよ、お祝いしたいのは本音だからさ」

「まあ、うん……分かったよ」


 そして、僕たちはテンションが高いギャルに誘われ、放課後にカフェへ行く。



「おめでとーっ!!」


 と、ギャルだけでなく、店員さんからも盛大に祝われた。


 店員さん……なのか店員さんの友人なのか分からないけど……多いな。

 大盛り上がりだった。


 え、曲が流れたら踊り出すんじゃないの? ラップバトルとかしないといけないの?(偏見)


 こういう理性を飛ばしてはしゃぐ空間は苦手だったはずだけど、隣の辺見さんの笑顔が増えてきて、声も大きくなってくると、僕も楽しくなってきた。

 彼女と手を繋ぎ、ぎこちないながらも陽キャのみなさんと一緒に盛り上がる。


 僕がバカにしてきた、陽キャのはしゃぎ方と同じだった。……人って変わるなあ。

 辺見さんはすっかりギャルと打ち解けていた。


 メイクの仕方も教わっているようで、辺見さんも今後は垢抜けるかもしれない……。


 それはそれでいいけど、今の辺見さんも可愛いと思うんだけどなあ……と、「伝えてあげなよ」と心の中を読んだギャルの彼氏にそう言われたので、辺見さんに小声で伝えることにした。

 辺見さんは耳を赤くしていた。



「蒸し返すようで悪いんだけど……あの人ってほんとに加害者? って言いたくなるような距離の近さだよね……」

「自覚がなかっただけなんだね……いじめっ子も、こっちが見た一面だった、ってことだね――話してみれば良い人だったよ」


「辺見さん……」

「うん……やだ」


「? なにが?」

「いじめっ子が、こんな風に良い人なの、やだ」


 ……気持ちは、分からないわけじゃない。

 難しい問題だ。

 いじめっ子も人間。女の子だ。

 本当に悪い子って、そもそも教室にはいないのではないか?


「……わたし、絶対に許さない。……そう思っていたのに……こんなの、許したくなっちゃうじゃん……!!」


「――それはそれ、これはこれ、だよ、辺見さん」


 そっと、辺見さんの手に触れると、彼女がこっちを見た。


「許さなくていいし、今後も付き合っていけばいいし――それでいいと思う」


 片方の気持ちに蓋をしなくていいと思う。

 色々な感情を持ちながら人間関係を続けてもいいのだ。


「ねーっ、あんたらも飲んでるー⁉」

「この人、炭酸飲料で酔ってるよ……」


 呆れた辺見さん。

 すると、酔っ払いギャル(未成年)が近寄ってきて、男らしく辺見さんを片手で抱き寄せ――キス、をした。


 …………は?


「ッ、⁉⁉」


「あはー、ピーチ味ー」


「へ、辺見、さん……?」


 それ僕の唇だぞ! と言う間もなく。

 辺見さんが小刻みに体を震わせ、分かりやすく怒りマークを浮かべていた。


 涙目を浮かべながら…………火が点いちゃった?



「――やっぱり許せないッ!!」





 ・・・おわり

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いじめっ子に祝われる 渡貫とゐち @josho

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