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「きゃああああ!もう無理ー!」


会場に着くやいなや、既に中に入っていた客達が泣きながら非常口から飛び出してきて、それを見た莉子は益々怯えだした。


「ね、ねえ、やっぱり止めよう。私もうこの時点で怖い」


そして、涙目になりながら早速俺の腕にしがみつき、上目遣いで懇願する表情が殺人的に可愛くて、危うく手が出そうになってしまう。



確かにマンスリーとはいえ、お化け屋敷の造りはかなり精巧だった。


古い小さな平屋の一軒家で、窓には赤い手形が点々と施され、玄関には盛り塩二つとお札が貼られていて、リアル感がある。


カーテンが仕切られているので中の様子は分からないけど、ここに素足で入れと言われたら、それなりの勇気が必要だと思う。


けど、所詮はただの作り物なので俺にはその怖さが全く理解出来ない。


行列は怖過ぎるせいかそこまで長くはなく、そうこうしていたらあっという間に順番が来て、俺は半ば莉子を強引に連れて玄関扉を開けた。



中は薄暗く、真っ先に視界に飛び込んできたのは“ここで靴を脱いで下さい”という張り紙で、一先ず指示に従い俺達は玄関先で靴を脱いだ。


内装は本当の家みたいに置物や写真が飾られ、廊下はがらんとしていて、この妙な静けさが余計不気味な雰囲気を醸し出している。


壁には順路の矢印が貼られていたので、とりあえず先に進もうと一歩踏み出す。


けど、莉子は恐怖のあまり微動だにせず、必死に俺の腕にしがみついていた。


「莉子、大丈夫。ゆっくり行こう」


その姿に悶絶しながらも、俺は自分の中で最大限の優しい声で話し掛け、莉子の体をここぞとばかりに抱きしめる。


「……そ、それじゃあ、絶対に離れないでね」


「ああ。俺が莉子を離すわけないだろ」


そして、落ち着かせるために背中を優しく撫でて、頭に口付けを落とした。



なんか、いかにも恋人って感じがする。

それに、未だかつてこんなに頼られたことがあっただろうか。

もしかしたら、上手くいけば弟の枠から外れるきっかけに……



「すみませーん。後詰まってるのでさっさと行ってくれませんか?」


すると、せっかくいい雰囲気を作っていたのに、少し苛立った従業員の声が館内に流れてきて、見事にぶち壊される。


危うく怒りで壁を壊しそうになったけど、これ以上雰囲気を壊したくないので、ここは大人しく我慢して、指示された通り先に進むことにした。





「きゃあ!今なんか動いた!」


「櫂理君、歩くの早いよ。もうちょっとゆっくり」


「お願い、もっとぎゅってして」



やばい。

マジで可愛過ぎて萌え死にしそう。



奥に進むにつれ、鏡の中で何かが動いたり、置物が動き出したり、白い紙みたいなのが飛び出したりと。


様々なアクションが起こる度に莉子は俺に飛びつき、半泣きになりながら力の限り抱きついてくる。


しかも、肩を抱いて欲しいという普段では到底考えられない要求も恐怖によって平然としてくるので、そろそろ我慢の限界を向かえそうになる。



出来ることなら今すぐここで抱きたい。

なんなら、そこにあるソファー使っていいかな。



あまりの可愛さに、お化け屋敷の中で危うく暴走しそうになる手前。


更に部屋が暗くなっていく中、最後に残る居間の前まで到着し、扉を開けて中へと足を踏み入れた時だ。



「きゃあああああ!」


莉子の悲鳴が部屋中に響き、背後を振り向いた直後。

長い髪を垂らし、白い着物を着た女みたいなやつが莉子に向かって襲ってくる。


そして、手を伸ばした瞬間。

条件反射で体が勝手に動き、俺はそいつの胸ぐらを掴み上げた。


同時にお化け役のカツラが床にずり落ち、そこにはハゲたおっさんが怯えた目で俺を見下ろしていて、男だと分かった途端怒りのボルテージが一気に上昇する。


「てめえ俺の前で莉子に近付こうなんていい度胸じゃねーか。覚悟はできてるんだろうな?」


「いや、これはただの仕事ですから!あああなたの彼女さんに手を出そうなんて、これっぽっちも思ってませんからっ!」


ハゲおやじが怯えながら必死に懇願する中、理由はどうあれ莉子の半径五十センチ以内に近付く人間は死あるのみ。


それを分からせるために拳を握り締めた矢先。


「櫂理君!通報されちゃうから、その人早く離して!」


先程の悲鳴以上の声量で莉子に一喝されてしまい、俺は渋々ハゲおやじから手を離したのだった。




◇◇◇




あれから、お化け屋敷を出てすぐ従業員に厳重注意をされ、俺達は大人しくその場を後にする。


「もう、櫂理君のせいで最後すっごく恥ずかしかった」


「悪い。莉子に触れようとする奴は無条件で排除したくなるから」


道すがら莉子にもキツく叱られたけど、これは性分だから仕方ないと。

そう割り切りながらも、機嫌を損ねてしまったので一応謝ってみた。



「とりあえず、飯にするか?もう大分昼過ぎちゃったし」


飛び込みでお化け屋敷に入ったので、気付けば正午をとっくに過ぎており、先程からずっと腹が鳴りっぱなしだ。


ひとまずレストラン街へと向かうため、エスカレーターを降りようとした途端、突然莉子に腕を引っ張られた。


「どうした?」


何やら渋い表情をしているけど、まだ機嫌が直っていないのだろうか。

やっぱり、ちゃんと謝った方が……


「ここは人が多いからもう帰りたいかも……。櫂理君が大丈夫ならご飯は買っていかない?」


すると、予想とは違う返答が来て、俺は首を横に傾げる。


確かに今日は休日だから多少混雑はしているけど、普段これぐらいの人混みなら全然平気なのに。



「やっぱり具合でも悪いのか?一旦休む?」


段々と心配になってきた俺は、休憩できる場所を探すため案内板へと向かおうとした矢先。

今度は服の裾を軽く引っ張られ、またもや足止めをされてしまう。


「違う。そうじゃなくて……。あの……」


そして、とても言いづらそうに口ごもる莉子に、益々不安が募り始めていく最中だった。



「今日の櫂理君格好良過ぎるから、私が居なくなるとまた誰かに声掛けられちゃうでしょ?だから、なんかそれが嫌だなって……」

 


「………………は?」



あまりにも斜め上な返答に思考がついていけず、思わず間の抜けた声が出る。


その数秒後、ようやく内容を理解することが出来、ある結論に至った瞬間、俺は莉子の手首を掴みそのまま歩き出した。



「え?あ、あの櫂理君?」


無言で連れ出されていることに戸惑いながらも、莉子は大人しく後をついてきてくれて、俺達は人気のない通路端へと辿り着く。


それから、これまで我慢していた感情が溢れ出しそうになる手前。

俺は莉子の体を柱に押し付け、彼女の顎を軽く引き上げた。


「それって嫉妬してるってこと?」


そして、期待を込めた目を向けると、莉子の耳が一気に赤くなり、視線を逸らして小さく頷く。


これは正に吊り橋効果というやつだろうか。

まさか、ここまで上手くいくとは思わなかった。

つまり、今の莉子は俺を“男”として見てくれてる。


そう確信した時、かろうじて繋ぎ止めていた理性の糸がプツリと切れる音がした。



ああ、だめだ。

もう無理。



そう心の中で呟くと、俺は莉子の唇に親指をあてて、そのまま自分の唇を重ねた。


間接的ではあるけど、これまでで一番彼女の吐息を感じ、熱を感じる。


もしこの指をずらしてしまえば、きっとこの乾いた心も少しは潤うかもしれない。


けど、かろうじて残っていたなけなしの理性が何とかそれを食い止め、俺はゆっくりと莉子から唇を離した。



それから暫しの間沈黙が流れる。



まさか、ここで間接キスをされるとは思っていなかったようで。莉子は先程から目を見開いたまま、顔を真っ赤にさせながらその場で固まっていた。


その可愛らしさに内心悶えながら、俺は不敵に笑う。



「約束、ちゃんと守ったからな?」



そして、何か言われる前に先手を打った。



「……櫂理君のバカ」



どうやら効果はそれなりにあったようで、莉子は小さく頬を膨らませながら俺を軽く睨みつける。


けど、その姿はただの良い刺激にしかならなくて、危うく今度は本気で彼女の唇を奪いそうになった。




それから、俺達は何事もなかったようにショッピングモールを後にした。


家までの道中若干の気まずさが残り、後ろめたさはあるけど、莉子が俺のことを意識していると思うと少しの達成感が沸いてくる。


その一方、これまで一切触れてこなかった領域に近付いてしまったせいで、今後は理性をどこまで保てるのか分からなくなってきた。


この止めどない欲求と乾いた心は、おそらくこれからも満たされことはない。


どこまでも莉子が欲しくて、暴走し続ける心は自分でも制御不可能だ。


それは弟でも、一人の男になったとしても永久的に変わらないと思う。


本当に我ながら、どこまでも重症だなと。


改めてそう自覚すると、俺は莉子に気付かれないよう自嘲気味に笑った。

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