第8話 悪魔の始まり《櫂理side》
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__莉子と初めて出会った頃。
「櫂理、今日から莉子ちゃんがあなたのお姉さんよ。私達はこれから家族になるの」
俺の誕生日を向かえてから数日後のこと。
あの時の出来事は今でも鮮明に覚えてる。
母親が再婚すると聞いて、抵抗を感じながら渋々莉子達と初めて顔を合わせた日。
そこから世界が一変した。
「初めまして。宇佐美莉子です。あの……これから、よろしくね櫂理君」
そう恥じらいながら恐る恐る差し伸ばされた手を、俺は暫く握れなかった。
天使だ……。
莉子を見て初めに思ったこと。
人形のようにパーツが整った顔立ちと、透き通った色白の肌。
優しが滲み出る垂れ目具合と、澄んだガラス玉のような大きな瞳。
シルクみたいな艶のある細い髪質。
まるで妖術にでもかかったかのように、目を逸らすことが出来ず、人生で初めて”一目惚れ”というものに俺は直面した。
そして、幼いながらにそこで全てを悟る。
莉子を“姉”として見ることは、おそらくこの先一生ないということを。
それでも、当時はちゃんとした“弟”になろうと抗ってみた。
莉子を困らせたくないから。
だけど、幼い故にそんな立派な自制心なんて効くはずもなく。
意思に反して、走り出した恋心は止まることを知らず。
ダメだと反発すればする程に、気持ちはどんどん沼へとハマっていく。
一方、莉子はちゃんとした“姉”になろうと必死に努力していた。
俺に嫌われたくない。
自分をもっと好きになって欲しいと。
言葉にしなくても、莉子の心はダダ漏れていて。
とめどなく毎日注ぎ込まれる優しさと、無性の愛が、俺の心をどんどん狂わせていく。
彼女は正しい姉弟関係を築こうとしている。
だけど、俺にとってその気持ちはただの”毒”でしかない。
そんな毒をずっと浴び続けていたら。
いつしか二度と引き返せないところまで来ていて。
気付いた頃には、もう手遅れだった。
__それから数年後。
「ねえ、櫂理君って好きな子いるの?」
中一になって初めての期末テストが終わり、久しぶりに莉子と一緒に下校した日。
突然投げられた質問に、俺は思わずその場で立ち止まってしまう。
「………………いない」
それから、どう答えようか迷ったけど、とりあえず今は混乱させてはいけないと。
短い間で脳をフル回転させ、そう結論に至った俺は無難に答えた。
「もしかして、莉子は好きな人いるのか?」
そして、瞬時に浮かんできた疑問をすぐに吐き出してみる。
こんな質問をするということは、十中八九そんな気がして、緊張と不安で徐々に鼓動が早くなっていく。
「……えと、好きな人っていうわけではないけど、気になる人なら……」
「誰?」
そして、嫌な予感が的中した瞬間、俺は莉子の言葉を遮り即座に聞き返した。
「え?あの……同じクラスの橋本君。でも、本当にただ気になるだけだよ。橋本君はクラスの人気者で、誰にでも優しいの。だから、ちょっといいなって思って」
俺の食い気味な反応に若干戸惑いながらも、照れくさそうに教えてくれた莉子の表情はすこぶる可愛くて。
話してる内容が違ければ、このまま見惚れてしまうくらい。
でも、そんな余裕は当然あるはずもなく。
心の底から湧き上がる憎悪と嫉妬で、今にも気が狂いそうになっていく。
「これ誰にも言わないでね。櫂理君だけ特別」
一方、俺の心境なんて露知らず。
これまた蕩けるような笑顔で向けられた“特別”という単語が、これ程までに憎いと感じたことはなかった。
橋本。
誰だそいつは。
これまで、男の話は一切してこなかった莉子が気になるなんて、一体どんな奴だ。
今日も今日とてボクシングジムでトレーニングに励む中。
未だ収まることのない怒りのせいか、いつもよりパンチ力が上がり、サウンドバックを叩く音が部屋中大きく響き渡る。
「おー。今日はやけに精が出るな。てか、お前本当に伸び代すげーよ。真面目に大会出ないか?」
すると、その様子を隣で傍観していたトレーナーは突然真顔でそんな提案をしてきて、全くその気になれない俺は鼻で笑った。
「そもそも、俺が強くなりたいのは全部莉子のためだから。大会とかそういうの全然興味無いし」
そして、胸の内を隠すことなく堂々と曝け出す。
「お前中学になってもまだ姉さん好きなんて、本当一途な奴だよな。なんか……おじさんドキドキする!」
「おい。壊滅的に気持ち悪いから、それ止めろ」
スキンヘッドで体格が良く、普段は強面なヤクザみたいな顔をしているくせに。
人の色恋話になると、まるで噂好きの女みたいになるのはどうにかならないものだろうか。
でも、何だかんだ実力は確かなので、俺がここまで強くなれたのは、全部このおっさんのお陰だと言っても過言ではない。
このボクシングジムを見つけたのは、単なる偶然だった。
莉子には友達の紹介だって言ったけど、本当はそうじゃない。
たまたま通り掛かったところにジムがあり、単身で乗り込んで理由を話したら、色恋話好きなおっさんのツボにハマったようで。
俺の要求をあっさり引き受け、しかも会費は要らないと言ってくれた。
けど、その条件として俺の恋愛事情を教えることとなり、話に食いつく姿はなかなかに気持ちが悪い。
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