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こうして莉子は俺の腕に抱き付き、身を縮こませながら隣を歩く。


なぜこんなにも怯えているのか何度確認しても分からないけど、その姿がまるで小動物みたいで、食べてしまいたいと思うのは不謹慎だろうか。




「それじゃあ、私券取りに行ってくるからここで待ってて」


映画館に到着し、莉子が発券している間俺は入り口脇にある休憩スペースに腰をかけた。


今日から公開される映画が何本か重なっているせいか、普段の休日よりも人が多い気がする。  


とりあえず、莉子が帰ってくるまで俺は適当に時間を潰そうとポケットからスマホを取り出した。



「ねえ、お兄さん一人?」


すると、突然脇から知らない女二人に声を掛けられ、俺は視線だけを向ける。


見ると、化粧が濃く、胸元が大きく開いた服を着ているキャバ嬢みたいな女が立っていて、俺は構うことなく視線をスマホに戻す。


「えー無視は酷くない?おにーさん暇ならあたしらとどっか行かない?」


「映画見に来たんだけど」


そもそも、その目的でここにいるのに、なぜ暇だと断定されるのか、こいつらの頭の中がよく分からない。


「そんなことよりも、もっと面白いことしない?お姉さん達がいろいろ教えてあげるから」


それから、こいつらをどう撒こうか思考を巡らせていると、今度はタイトなミニスカワンピの女が隣に座ってきて、こちらに擦り寄ってきた。


同時に甘ったるい強烈な臭いが鼻を直撃してきて、思わず顔を顰める。


そして、こいつらの目的を瞬時に読み取った俺は、その場で立ち上がった。


「彼女いるから他当たって」


本当はこのまま無視して行こうかと思ったけど、それはそれで面倒くさいことになりそうなので、堂々と嘘を吐いた。


というか、嘘でも莉子のことを“彼女”と言ったのはこれが初めてかもしれない。 


てか、今日はそれでいいんじゃね?


恋人風じゃなくて、もうマジな彼女扱いでいいんじゃね?


彼女作ったことないから、一体普段と何がどう違うのかよく分かんねーけど。



「ちょっと待って」


とにかく、さっさとこの場から立ち去ろうとした矢先。


女に腕を掴まれ、無理矢理足止めされたことに俺は苛立ちを覚える。


「彼女よりもあたしらの方がもっと刺激あると思うけど?一回試してみない?」


そして、自信満々にふざけた事をぬかす女に、怒りのボルテージが更に上昇してきた。



なんだこいつら。

自惚れるにも程があるだろ。

見ず知らずの人間にどんだけ盛ってんだ?

いちいち断るのも面倒くさくなってきた。



……。


…………いっそのこと潰すか?




「櫂理君」


危うく思考があらぬ方向へと進みそうになる手前。


莉子の呼び掛けによってはたと我に帰ると、俺は女の手を振り切って足早に彼女の元へと向かった。



「あの人達誰?」 


「ただの害虫」


それから、見せ付けるように莉子の肩を抱き、そのまま引き寄せる。


その瞬間、石鹸のような仄かな甘い香りが漂ってきて、女どもの強烈な匂いを打ち消すため、俺は莉子の頭に顔を擦り寄せた。


「どうしたの?もしかして、あの人達に何か変なことされた?」


けど、どうやらこれを怯えているものだと勘違いしているようで。


何故そういう思考になるのかよく分からないけど、恥ずかしがる様子は一切なく、いつものように心配してくる莉子に少しだけ苛立ちを覚えてしまった。

 



それから、上映時間が差し迫ってきたので、俺達は劇場へと入り、莉子を通路側にして席へと座る。


そして、ここぞとばかりに距離を詰めるも、手摺りが邪魔をして近付くにも限界があった。


その度にこの手摺をへし折ってやろうかと思ったけど、雰囲気を壊したくないのでここは我慢。


その代わり、莉子の手を握り、指を絡めて彼女の肩に頭を置く。 



「はい、櫂理君。ポップコーン食べる?」


そんな俺のスキンシップに相変わらず動じることなく、莉子は普段と変わらない態度でポップコーンを一つ摘み、俺の口元に差し出してきた。


当然それを拒む理由なんてなく。

映画が始まるまでの間、俺達はお互いポップコーンを食べさせ合った。



……そして、ふと思ったこと。



これ、いつもと変わらなくね?



映画館デートで思いつく限りの恋人っぽいことしてみたけど、たまに家でもやるし、食べさせ合うなんてしょっちゅうだし、手を繋ぐなんてもはや息を吸うくらい自然なこと。


場所が変われば雰囲気が出るかと期待したけど、やることなすこと全てあっさり受け入れられてしまい、全くもって手応えがない。


これは莉子が好き過ぎるあまり、ほぼ毎日スキンシップをしている弊害なのか。


それなら、いっそのこと恋愛ものにして雰囲気を作ればよかったのか。


けど、それだと秒で寝てしまうからこっちの身が持たない。


なにはともあれ、これでは全く刺激が足りず。

男として見られる方法は他にないのか、色々と思考を巡らしてみる。







「櫂理君、映画終わったよ」

 

結局、色々考えていたらいつの間にか上映は終了していたようで。

せっかくの映画なのに内容が全く残らないまま、気付けば劇場内は明るくなっていた。


「どうしたの?始めからずっと上の空だったけど」


しかも、莉子に余計な心配をさせるという失態を犯し、自己嫌悪に陥る。




「ねえ、知ってる?話題の超怖いお化け屋敷が今期間限定でやってるの」


「素足で歩くやつでしょ。あれ私の友達がこの前行ったら怖過ぎてリタイアしたって」


「靴脱ぐとかマジでやばいよね。あたしも興味はあるけど挑戦する勇気ないわー。トラウマになりそうだし」



すると、後ろの席から聞こえてきた女達の話し声に、ピクリと体が反応する。


そして、即座にスマホを取り出し検索をかけると、一番上には【呪われた家】と書かれたお化け屋敷の情報が掲載されていた。



__そこで、俺は確信する。



「莉子、次ここ行かない?」


善は急げと早速スマホの画面を見せると、案の定。

莉子は石像のように動かなくなり、暫くの間反応がない。



「む、無理!絶対無理!素足で行くなんて考えただけでも怖すぎる!」


それから数秒後、首がもげそうな程勢いよく横に振り、全力で拒んできた。


「それなら、ずっと俺にしがみついて全て任せてくれればいいから」


とにかく、莉子が俺から離れないようになればそれでいい。


そして、上手くいけば吊り橋効果によって俺を男として見てくれるかもしれない。


そんな期待を込めてお得意の子犬顔をしてみたら、呆気なく承諾してくれたので、俺達は早速ショッピングモールのイベント会場へと足を運ぶことにした。

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