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◇◇◇
「莉子さん」
それから学校が終わり、近所のスーパーで夕飯の買い出しをしていたところ。
背後から知った声が聞こえてきて、即座に振り向くと、そこには買い物かごをぶら下げている圭君が立っていた。
「圭君こんな所で珍しいね。櫂理君と一緒じゃないんだ」
いつも放課後は大体二人でいることが多いのに、予想外な場所で彼と鉢合い、私は目を瞬かせる。
「櫂理はジムに行くって。俺は夕飯の買い出し」
「そっか。そういえば圭君今一人暮らしなんだよね」
確か、圭君の両親は起業家で、つい最近海外での勤務が決まったらしい。
けど、一人っ子の圭君はここに残るため、親戚の家の近くのアパートに住み始めたんだと以前櫂理君が言っていた。
その話を聞いた時、高校生から一人暮らしだなんて思い切った決断をしたと思うけど、そのおかげでこうして今も変わらず櫂理君と良いコンビで居てくれるので、彼の選択には今でも感謝している。
「そうだ。それじゃあ、もし良ければ今日は圭君のおうちでご飯作ろっか?お父さんとお母さんは仕事で遅いから夕飯いらないって言ってたし、櫂理君の分は作ったの持って帰れば大丈夫だし」
「本当に?莉子さんが作るご飯めっちゃ好きだから、すごく嬉しい」
そんなことを考えていると、ふと妙案が閃き、早速提案してみると、まるで後光でもさしたかのような眩し過ぎる笑顔をみせられ思わず目が眩む。
可愛いっ!
櫂理君も可愛いけど、冷静沈着な圭君のたまに見せる素直な弟っぷりも愛いすぎるっ!!
そう一人で悶絶しているとはつゆ知らず。
急遽決まったお宅訪問に圭君は上機嫌になると、早速私達は夕飯の食材選びに取り掛かった。
夕飯の買い出しが終わり、スーパから徒歩五分くらいで到着した割と新しい三階建のアパート。
その二階角部屋が圭君のお部屋らしく、なんだかんだ人生初異性のお宅訪問だということに気が付き、今更ながら緊張してくる。
けど、相手は圭君だし、変に意識してはダメだと自分に言い聞かせると、心境を悟られないよう平静を保ちながらお家にお邪魔した。
「うわー。圭君って綺麗好きなんだね」
そして、玄関を抜けてまず目に飛び込んできたは、白と黒の家具で統一されたモダンなお部屋。
急な訪問なのに中はきちんと整理されていて、脱ぎ散らかした服など余分なものは一切置いてない。
高校生だけど、どこか大人っぽい雰囲気を醸し出しているところは流石だなと感心しながら、とりあえず私達は部屋の奥にあるキッチンへと向かった。
今日の献立はカレーに決まった。
作るのも簡単だし、一回作れば何日かは持つし、タッパに入れれば櫂理君の分も用意できる。
圭君も櫂理君と一緒であまり料理をしたことはないみたいだけど、試しに包丁を持たせてみたら意外にも手捌きが良かった。
「圭君って包丁使い上手いね。料理全然したことないって言ってたけど、これならすぐ上達出来るんじゃない?」
「そうかな?でも、俺は自分で作るよりも作ってもらう派かも。だから、もっと莉子さんのご飯が食べたい」
さり気なく料理を薦めてみたら、さらりと甘い笑顔で言われた一言に、危うく心を持っていかれそうになった。
圭君は天然人たらしなのだろうか。
そんなこと言われたら、通い妻並みに毎日来ちゃうかもしれないけど、それでもいいのだろうか。
そう踏み込んでみようかと思ったけど、それは流石にやめろと理性が働き、私は笑って誤魔化した。
「そういえば圭君はなんでうちの学校にしたの?頭凄くいいのに」
「家から一番近いから」
「……え?それだけ」
「うん」
「他には?」
「ないけど?」
そして、ここぞとばかりに色々聞き出してみようと、手始めに志望理由を尋ねてみたら、あまりにもあっさりとした返答が来て、思わず動かしていた手が止まる。
「俺、勉強は基本独学だから学校なんて別に何処でもいいから」
それから、あっけらかんとした表情で更なる驚き発言をしてきたことに、返す言葉を失ってしまった。
家から近いという理由で、こんな荒れに荒れまくったヤンキー校を選択するとは。
櫂理君といい、圭君といい、頭の良い人の考えはよく分からない。
すると、突然圭君との距離が短くなった途端、彼の手が私の腰に回り、後ろから圭君の温もりが体全体を包み込んできた。
「け、圭君どうしたの?」
櫂理君ならともかく、圭君に後ろから抱き締められるのは初めてのことで、動揺するあまり声が震える。
というか、身内以外に抱き締められること自体初めてで、どうすれば良いのか分からず、私はその場で固まってしまった。
「いや、なんか俺も莉子さんに甘えてみたくなって」
……え?
普段の彼らしからぬ大胆発言に、一瞬自分の耳を疑う。
「いいよね、櫂理は好きなだけ甘えられて。俺もそんなお姉さんが欲しかった。だから、少しだけこのままでいてもいい?」
そして、耳元でそっと囁かれた圭君の甘い声に、体の奥がぞくりと震えた。
滅多に……というか、圭君がこんなに甘えてきたのは初めてかもしれない。
いつも櫂理君が私に甘えてくる時、とても冷めた目で見てくるから、てっきり呆れられているんだとばかり思っていたのに。
これが彼の本音だとしたら、あまりのギャップに母性本能を思いっきりくすぐられてしまう。
「いいよ。それじゃあ、今だけ圭君のお姉ちゃんになってあげるね」
それならば、そんな彼の願いを最大限に叶えてあげようと。
まるで大型犬のように擦り寄ってくる圭君の頭を優しく撫でてみる。
__その次の瞬間。
「きゃっ」
突然圭君にお姫様抱っこをされてしまい、不意打ちのことに思わず彼の首元に勢いよくしがみつく。
「け、圭君!?」
そして、そのまま無言でリビングへと歩き出し、私は訳が分からず彼の名前を呼んだ。
けど、一向に反応はなく、圭君はソファーの前で立ち止まると、寝かせるように私をそっと下ろす。
「今度はどうしたの?どこか具合でも悪いの?」
なぜソファーの上に座らせれたのかが全く分からず首を傾げると、これまで無表情だった圭君の口元が不意に緩んだ。
「本当に莉子さんって可愛いね。そうやって簡単に騙されるんだ」
それから、悪戯な笑みを浮かべながら、色を含んだ眼差しをこちらに向けて、視線を合わせてくる。
「え?何が……ひゃあ」
彼の言っていることが全く理解出来ない私は、もう一度尋ねようと口を開いた直後。
不意に覆い被さるように抱きしめられ、圭君に耳を食べられた瞬間体がぞくりと震え、変な声が出てしまった。
「ちょ、ちょっと待って圭君。おおお落ち着いて!」
急変した彼の態度に思考が追いついていけず、肌に唇を滑らせてる圭君を引き剥がそうと厚い胸板を押してみるも、ビクともしないことに益々焦り出す。
一体何がどうなってこんな流れになったのか。
思春期の男子とはこんなものなのか。
これまでずっと紳士的に振舞っていた彼なのに、まるで獣のように襲ってくる状況が未だ信じられなくて、頭の中がパニック状態となる。
その時、突然圭君の動きがピタリと止まり、何やら小刻みに肩が震え、忍び笑いが聞こえてきた。
「やっぱり莉子さんって純粋過ぎて面白い」
そして、天使のような眩しい笑顔とは裏腹に、完全に私を小馬鹿にすると、ソファーから立ち上がった。
すると、ほぼ同時のタイミングで圭君のスマホの着信音が鳴り出し、圭君は落ち着いた様子でポケットからそれを取り出す。
「……ああ、うん。うちにいるよ。丁度今ご飯作ってもらっているところ。……分かった。じゃあ、鍵開けとくから勝手に入ってきて」
そして、確認せずとも電話の相手が即座に分かり、私も慌ててソファーから立ち上がった。
「櫂理あと二十分くらいで着くみたいだから、夕飯はここで食べよっか」
それから、普段と全く変わらない様子で微笑んできた圭君の態度に付いていけず、暫しの間呆気にとられる。
「酷い圭君!もしかして、私ずっと揶揄われてた!?」
その数秒後。
ようやく状況を呑み込むことが出来た私は恥ずかしさでいっぱいになり、若干涙目になりながら圭君に猛抗議した。
一体何処からなのか全く分からないけど、もし始めからだとしたら恐ろし過ぎる。
「だって反応が面白いからつい。ダメだよ莉子さん。そんな無防備にしてちゃ。それに、俺だからまだいいけど、こんな簡単に男の人の部屋に入ったら危ないからね」
そんな取り乱す私とは裏腹に、とても落ち着いた口調でそう諭してくる圭君。
詰まるところ、これは圭君なりの優しい(?)忠告ということになるのだろうか。
確かに、冷静に考えてみれば彼の言うことはごもっともなのかもしれないけど、それにしてはやり方が卑劣過ぎる気がする。
こうして、私達は何事もなかったように持ち場に戻ると、そこからは出際良く夕飯の準備をして、良い具合にカレーが出来上がった頃櫂理君がタイミングよく到着した。
「……で、莉子とは本当にただカレー作ってただけなのか?」
「勿論。流石に手なんか出すわけないでしょ」
そして、熱々のカレーを頬張りながら櫂理君の質問に対して平然と嘘をつく圭君に、私は改めて恐ろしさを感じた。
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