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忘れてた。

櫂理君が爆発的にモテまくること。


学校でも女子達の人気はダントツだけど、怖いし私がいるから誰も近寄ろうとしない。


けど外ではそんなの関係ないから、櫂理君のモテ力が思う存分に発揮されてしまう。



「デザートそんなに食べたかったか?」


結局、どこにも寄らず大人しく帰ることになり、私は少し不貞腐れながら櫂理君の隣を歩く。


「そうじゃなくて。櫂理君ってやっぱり凄くモテるんだなって思って」


なんだろう。

分かっていたことなのに、少しだけイライラする。

でも、これが何の苛立ちなのかよく分からないから、益々気分が悪い。



「…………もしかして嫉妬してる?」


すると、意表を突く櫂理君の指摘に、歩を進めていた足がピタリと止まる。



「え、えと。そういうのじゃ……」


もっと強く否定しようとしたけど、何故か思うように口が回らず言い淀んでしまう。


しかも、櫂理君の期待を込めた眼差しがあまりにも眩し過ぎて、余計何も言えなくなってしまう。



それって、つまり図星だから?



……………いや、違う。



これは可愛い弟が揉みくちゃにされて、姉として怒っているんだ。


うん。

そういうことにしよう!




「あのね櫂理君……」


「あ。莉子、ちょっとここで待ってて」


それから、弁解しようと口を開いた途端。

急に櫂理君はその場で立ち止まり、荷物を持ったままどこかへ行ってしまった。


突然置いてけぼりにされた私は、訳が分からず呆然と立ち尽くす。


けど、このまま突っ立ってても仕方ないので、一先ず言われた通りにしようと、直ぐ近くにあった広場のベンチに腰を掛けた。






__五分後。





「お待たせ」


笑顔で戻ってきた櫂理君の手には、何やら茶色い紙袋があり、そこからバターの甘い匂いが漂ってきた。 


「櫂理君それは?」


「クロワッサン。さっき通った時行列出来てたから、買ってみた」


そう言われて紙袋のロゴをよく見てみると、それは最近出来た女性に人気のお店で、気になってはいたものの、休日は並ぶからまだ一度も食べたことはない。



「え?でも、櫂理君買ってくるの早過ぎない?確か、最低でも十分以上は待つって聞いたことがあるんだけど」


「ああ。急いでるからって言ったら、全員喜んで譲ってくれた」


「…………はい?」



今、至極当然のような顔でとんでもないことをさらりと言ったような。


つまり、その顔を武器に平然と割り込んで買ってきたと。



……うん。

その場にいなかったけど、状況が容易に想像出来る。



「ダメだよ。ちゃんと順番待ちしなきゃ」


一応注意はしてみたけど、クロワッサンの誘惑に負けて、普段よりもかなり甘めな言い方になってしまった。



とりあえず、せっかく買ってきてくれたので、早速食べてみようと。

中を見たらノーマルバージョンと、期間限定のホワイトチョコクリームがあり、私は真っ先に期間限定を選んだ。



「美味しいー。やっぱり、話題になるだけのことはあるね。櫂理君、ありがとう」


一口食べでみると、普通のクロワッサンよりもパン生地の密度があり、クリームも甘過ぎずパンの甘さと上手く調和されていて、とても上品な味わい。



買い方には大いに問題があったけど、こうして美味しいものを買ってきてくれた櫂理君の好意は素直に受け止めようと、私は笑顔でお礼を言った。



すると、次の瞬間。



不意に櫂理君の顔が目前に迫ってきたかと思うと、口角にぬるりと熱くて柔らかいものがあたり、私は驚きのあまり目を見開いたままその場で固まる。


「うん、確かに美味いな」


一方、櫂理君は満足げな表情で舐めとったクリームを堪能していた。



「かかか櫂理君!?や、約束……」


そして、数秒経ってから今自分がされたことを理解した私は、舐められた口元を手で押さえながら涙目で訴える。


「何が?俺は莉子の口に付いてたクリーム取ってあげただけだけど?」


しかし、櫂理君は全く動じることなく、きょとんとした様子で首を傾げる。



もしかして、本当に他意はない?



あまりにも自然に振る舞うので一瞬そんな考えが過ったけど、それなら指で取ればいいのではと。もう一人の自分が冷静に突っ込んできた。

 


「なあ、それより俺にも一口頂戴」


すると、まるで考える隙を与えさせないと言わんばかりに、櫂理君は肩に手を回してきて、小さく口を開けておねだりをしてくる。



結局、何だかんだ彼の甘えに敵うはずもなく。

私は言われるがまま、櫂理君の口に食べかけのクロワッサンを運んだ。





「ねえ。あそこのカップルめっちゃ熱いよね」


「いいなあー。私も爆イケ彼氏に甘えられたい」



それから、人が通るたびに聞こえてくる話し声と、突き刺さるような羨望の眼差し。


これだけ周囲の注目を浴びているのに、櫂理君はものともせず、私の肩に頭を乗せたままスマホをいじっている。


そんな彼の神経の太さには相変わらず驚かされるけど、私も私で悪い気はしない。



それは、甘えん坊の櫂理君が可愛いからか。

それとも、周囲にカップルだと見られていることが嬉しいのか、自分の気持ちがよく分からず頭が混乱してくる。



それもこれも、さっき櫂理君が口元を舐めてきたせいだ。



頬キスなら小さい時にお互い何度かしたことがあったけど、成長してからはパッタリとなくなった。

 

しかも、お父さんの約束があったから尚更そういう事はしてこないのだろうなと思っていたのに。 


思いがけない彼の不意打ちのせいで、今でもドキドキが止まらない。



とりあえず、気持ちを落ち着かせなければと。

櫂理君に気付かれないよう、小さく深呼吸をする。



まったく。

これぐらいでこんなにも動揺するなんて。

姉としてしっかりしなければ。


そう自分に強く言い聞かせると、私は揺れる気持ちに蓋をして、意識を無理矢理クロワッサンの方に戻す。




「……なあ、莉子。今度は一日デートしない?」  


「へ?」


すると、唐突に投げられた櫂理君の一言に、再び体の動きが止まった。


「デートって……。櫂理君、これはただのお使い……」


「来週の土曜日、これ観たい」


それから、訂正しようとしたところ。

それを遮るようにスマホの画面を提示され、見てみると、そこには最近公開されたシリーズアニメの映画情報が表示されていた。


そのアニメは私も櫂理君と一緒に観ていたから、いつか映画も観てみたいとは思っていたけど……。


「圭君とは行かないんだ?」


「あいつはこのアニメ観てないし」



なるほど。


納得した私は自分のスマホを開きスケジュールを確認してみる。


「うん、いいよ。私も観てみたかったし、たまには二人で遊びに行くのもいいね」


そう。

櫂理君はデートと言うけど、これはあくまでただのお出掛けだから。


そう自分に言い聞かせると、邪念を振り払い、私は可愛い弟の誘いを快く引け受けることにした。

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