第4話 姉弟デート
1
”ねえ、莉子さん知ってる?催眠術ってその人の潜在意識を引き出すんだって”
昨日、圭君が別れ際に囁いてきた一言が、今でも頭から離れない。
私は多分、あの人がかけた催眠術にまんまとハマってしまったと思う。
その時の記憶はあるような、ないような未だによく分からないけど。
でも、櫂理君のことがいつも以上に好きになって、私も櫂理君に触れたくなって、そして気付いたら膝枕をしていた。
それが、圭君の言う潜在意識だとしたら、それって私も櫂理君のことを…………。
…………違う!断じて違う!
私は櫂理君のことをそんな目で見たことは、一度もない…………はず!
「なあ莉子。さっきからずっと顰めっ面じゃん。もしかして、昨日のことまだ怒ってんのか?」
すると、リビングのソファーで悶々としている最中。
いつの間にやら私の様子を下から覗いている櫂理君の悲しそうな子犬顔が可愛すぎて、つい胸がキュンとしてしまった。
「違うよ。ちょっと考え事しているだけ」
何はともあれ、このことは櫂理君には絶対に言えないので、私は勘付かれないよう笑って誤魔化す。
「なんか、圭と話してからずっと莉子の様子がおかしいじゃん」
けど、どうやら彼には全てお見通しだったようで。
痛いところを突かれた私は、返答に困ってしまう。
その時、突然櫂理君は私の隣に座り込み、ソファーの背もたれに肘をつきながらジト目で私を軽く睨んでくる。
「あ、あの……何か?」
何やら視線がグサグサと突き刺さり、私は引き攣り笑いを浮かべると、不意に櫂理君は私に手を伸ばし、顎を軽く引き上げてきた。
同時に櫂理君の綺麗な顔が徐々に迫ってくる。
……え?
ちょっと待って?
ここリビングだよ?
すぐ後ろにはお父さんとお母さんがいるんだよ?
「か、櫂理君何しようとしてるの?」
彼の行動に危機感を抱き始めた私は、咄嗟に櫂理君の胸元に手をあてた。
「圭に言われたこと教えてくれなきゃ、ここでキスする」
すると、これまでずっと手を出してくることはなかったのに、いきなり180度態度が変わり、大いに焦り始める。
「だ、だめだよ櫂理君。お父さんとの約束忘れたの?」
「それが?」
とりあえず、抵抗してみたものの我が校最強クラスの彼に当然敵うはずもなく。
櫂理君は真剣な目を向けながら腰に手を回してきて、更に私の動きを抑えつけてくる。
「はい。戯れはそこまで」
そして、櫂理君の息遣いが唇で感じられそうな距離まで迫ってきた直後。
絶妙なタイミングでお母さんは私と櫂理君の顔の間に雑誌を差し込み、丁度良い壁を作ってくれた。
「あんた達、暇なら夕飯の買い出しに行ってきて頂戴」
そこまでは良かったのに。
この状況を全く気にも留めない様子で、私達におつかいを頼んでくる母親の気が知れない。
「あー、はいはい。莉子、行こう」
それから櫂理君も櫂理君で、何事もなかったように私から離れたので、一人置いてけぼりをくらう。
…………つまり、これは本当にただの戯れってこと!?
そう気付いたのは、数秒経ってからのことで。
思いっきり間に受けてしまった私は、急激に恥ずかしさが込み上がっていく。
「もう、櫂理君のばかっ!」
だから、悔しい気持ちと一緒に怒りを吐き出すと、そのまま財布を取りにさっさと二階に上がって行った。
◇◇◇
「あらー。君凄く格好いいわね。このキングサーモンの刺身でも食べてく?」
「何言ってるの?若い男の子は魚より肉でしょ。このサーロインステーキ試食分全部食べていいわよ」
「それなら、お口直しに搾りたてのオレンジジュースでもどう?」
「やったー。全部頂きます」
餌付けされてる!
スーパーのおばちゃん達に、ここぞとばかりに餌付けされてる!
お母さんから頼まれた食材を探そうと少し目を離した隙に、いつの間にやら櫂理君の周りには試食のおばちゃん達で溢れかえっていて、私は暫くの間唖然としながらその場に立ち尽くした。
折角だから、お散歩がてら今日は少し離れたショッピングモールに行こうという櫂理君の提案を受けたはいいものの。
初見だからかいつも以上に人が集まっていて、私の入り込む隙は何もない。
「あ、莉子。これ上手いぞ。莉子も食う?なんかケーキとかあるらしいけど」
そして、私の存在に気付いた櫂理君は、ほぼ一食分はあるであろう大量の試食品が並べてあるお盆を片手に手招きをしてきた。
「いいから、早く行こう!」
このままだとおばちゃん達に取り込まれてしまいそうな危機感が湧き、私は人の隙間を掻い潜り、慌てて櫂理君の腕を掴んでこの場から引き摺り出した。
「もう櫂理君。あんなに食べたら夕飯食べれなくなっちゃうでしょ。ああいうのは適度に断らないとダメだよ」
それから何とか買い物を済ませ、私達は少し休憩するため三階にあるフードコートの座席に座ると、早速先程のことについてお説教を始めた。
「悪かったって。けど、色々勧められたら食いたくなるだろ?食べ盛りなんだから」
そう言うと、櫂理君はテーブルに肘をつきながら、全く反省していない様子で私の話を聞き流す。
まったく。
ああ言えばこう言う。
私は小さく溜息を吐くと、一先ず何かスイーツでも注文しようかと辺りを見渡した。
「櫂理君は何か頼む?」
「俺はさっき食ったからいい。ここで荷物番しているから行ってこいよ」
それじゃあと。
私はお言葉に甘えて席を立ち、スイーツのお店が並ぶエリアまで行くと、端から順番に店舗を見て回った。
どうしよう。
クレープ美味しそうだけど、少し重そうだし。
アサイー食べてみたいけど、ちょっと高いし……。
そして、様々な候補が上がる中、取捨選択をしながらメニューを段々と絞り始めていく頃。
何やら遠くの方で騒がしい声が聞こえ、何事かと振り返った途端。
視界に飛び込んできた女の子達の集団に、私は嫌な予感が一気に押し寄せてきた。
「ねえお兄さん一人?これからカラオケ行くんだけど、良かったら一緒にどう?」
「いや、それハードル高過ぎん?それより、少しの間お茶しない?うちら奢るから」
「はあ?お茶レベル?それなら、このエリア内のものいくらでも頼んでいいよ。あたしが全部出すから」
案の定。
急いで席に戻ると女子学生やお姉様達の集団に取り囲まれ、またもや彼の周りに人集りが出来てしまった。
「櫂理君、だめ……」
しかも、このまま放っておくとフードコート内全ての食事をご馳走されそうで、私はそれを阻止するために彼女達の間に割って入ろうと前に踏み出す。
「悪いけど、適度に断れって言われたから」
すると、今度はキッパリと断ってくれた櫂理君に軽い感動を覚えた直後。
敵意を露わにした女子達の視線が一斉にこちらに向けられ、私は恐怖のあまり軽い悲鳴をあげてしまった。
「あ、あの……。失礼しますっ!」
それから、命からがら。
櫂理君の腕をまたもや引っ張り、逃げるようにフードコートを飛び出して行った。
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