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__三十分後。
「ねえ、櫂理君。その人誰?」
あれから莉子にすぐ連絡をして近くの公園に呼びつけると、異様な組み合わせに驚いた莉子はたじたじになりながら、おっさんと俺達を交互に見た。
「ちょっとした知り合い。このおっさん有名な凄腕催眠術師みたいで、莉子に催眠術がかかるかどうか試したくなって」
「え!?そんな怖いことヤダ!」
とりあえず、包み隠さず目的を話したら、予想通りあからさまな拒否反応を見せてきたので、俺は得意の子犬顔を作り、莉子の腰に手を回した。
「一回だけ。莉子が俺のこと彼氏として見れるのか試すだけだから。な?」
そして、顔を覗き込みながら猫撫で声でお願いすると、莉子はこれ以上抵抗することを止めて、渋い表情を見せてくる。
「またそんな怪しい遊びして……。……それじゃあ、一回だけだよ?かからなかったら、もうしないからね」
それから、出てくる答えはやっぱり承諾で。
本当に、とことん俺に甘いということがこれでよく分かる。
こうして莉子の許可を得てから、呆れ返るおっさんにこっそりと更なる脅しをかけ、ようやく催眠術が始まった。
まずは莉子をベンチに座らせ、その前におっさんが立つ。
催眠術の仕組みはこの前ネットで調べたことがある。
それは、相手をいかに思い込ませるか。
病は気からというように、思い込みにはかなり人を動かす力がある。
だから、このおっさんはどのようにしてそれを引き出すのか。
俺は固唾を飲んでその様子を圭と見守った。
「それじゃあ、莉子さん。肩の力を抜いてリラックスして。大丈夫、怖いものは何もないですよ。目を瞑って、頭の中を空っぽにして私の言うことだけに集中してください」
そう言うと、おっさんは莉子の目元を軽く抑えてゆっくりと頭を回し始める。
それだけで殴りたくなる衝動が込み上がってくるけど、そこを何とか堪えた。
「莉子さん、幸せになりたいですよね?あなたの側にそれを叶えてくれる大切な人がいます。そして、その人は莉子さんが心から愛する人です。もう手放したくない、見ているだけで愛おしくて仕方がない。あなたの大事な恋人です」
それから、おっさんは一定の音程でゆっくりと喋り、莉子に暗示をかけていく。
「では、私の合図で目を開いてください。そうすれば、その大事な人があなたの前に現れます。それではいきますよ。3、2、1……はい」
そして、おっさんの合図と同時に莉子はゆっくりと目を開き、俺と視線を合わせた。
そこから暫しの沈黙が流れる。
…………これは、成功しているのか?
莉子は瞬き一つせず無表情のままこちらをじっと見ているので、手応えの程が全く分からない。
「それじゃあ、私はこれで。効果はそのうち直ぐ切れますから」
すると、催眠術師のおっさんは結果を見届けずして、そそくさと逃げるようにこの場を去っていった。
効果が切れると言っていたけど、つまりそれって……。
「櫂理君……」
その時、ようやく莉子の反応があり、俺は即座に振り向く。
「あの……」
そして、何やら俺を見る目付きがいつもと違う気がする。
母性的ではなくて、恥じらうような感じがして、いつも女共から向けられる視線とかなり近しいけど、それとは違うもっと純粋なもの。
「莉子、おいで」
試しに自分の中で精一杯の甘い声を出して、優しく微笑みながら手を差し伸ばしてみたら、莉子は言われるままに小走りで俺の元へと駆け寄ってきた。
それから、何も言わず俺の体に抱きついてきて、恥ずかしそうに顔を胸元に埋めてくる。
いや、ちょっと待て。
可愛過ぎて窒息死するっ!
危うく全力で莉子を抱き締め、潰してしまいそうになる手前。
俺はすんでのところで理性を働かせ、何とか平常心を保った。
「うわあー流石だね。莉子さんチョロ過ぎ。それじゃあ効果が切れた時にまた呼んでよ。俺はどっかで時間潰してるから」
そんな俺らの様子を隣で物珍しそうに眺めていた圭は、気を利かせて颯爽とどこかへ行ってしまった。
こうして、催眠状態にかかった莉子と二人っきりになった俺。
未だに信じられないけど、あのおっさん曰く効果は直ぐ切れるらしいから、今のうちにやりたいことを詰め込もうと俺は思考をフル回転させる。
このまま家に連れて帰るか?
けど、その間に効果が切れたら何の意味もない。
だとしたら、イチャつくならここしかないか。
本当はキスやらその先のことやら色々してみたいけど、親父との約束があるからそれはダメだ。
だとしたら、どうする?
色々悩んだ結果、まず一番始めにやりたいこと。
それは、莉子を抱き締める。
「莉子、俺のこと好き?」
とりあえず、しっかりと理性を働かせて、俺は莉子の体を包み込むように優しく抱き締め返し、囁くように耳元で語りかけた。
「当たり前でしょ。私は櫂理君のことが大好きだよ」
それから、ずっと求めていた言葉を莉子は躊躇いもなく嬉しそうに捧げてくれた。
…………けど。
なんだろう。
もしかしたら、今は少し意味が違うのかもしれないけど、小さい頃はよくお互い“好き”と言っていたせいか。
求めていた言葉ではあるけど、なんだかあまり新鮮味がないような気がする。
「ねえ、櫂理君。向こうのベンチ座らない?」
暫くの間思考に耽っていると、不意に莉子は俺の手を引っ張り、奥のベンチを指差してきたので、言われるがままに俺は後を付いていった。
「はい。膝枕してあげる。櫂理君好きだよね?」
すると、普段はそんなことは絶対言わないのに、催眠術効果のお陰で莉子の積極性が増して、ベンチに座った途端自分の太ももを軽く叩いて合図を送ってくる。
当然それを拒む理由はなくて。
俺は言われるがまま、莉子の太腿に頭を置いて彼女を見上げた。
いつもの膝枕だけど、自分からやるよりも断然こっちの方がいい。
愛されている。
その気持ちがしっかりと伝わっている莉子の熱い視線。
それが心地良くて、思わず彼女の頬に手が伸び、そっと触れた。
……ああ、今すぐここにキスしたい。
莉子の頬に、額に、鼻に、そして唇に。
止めどなく沸いてくる欲望を抑えながら、自分の唇の代わりに莉子の顔を順々に指でなぞる。
「莉子、愛してる。一生弟扱いでもいいから、ずっと俺の側にいて」
そして、切実な願いを彼女に捧げた。
今の状態で、果たしてこの言葉がちゃんと届くのかよく分からないけど。
それなら、何度でも言い続ければいい。
例え、届かなくても。
可能性がゼロになったとしても。
俺は、絶対に諦めたくないから。
それから、暫くの間莉子の膝枕を堪能し、その間彼女は俺の頭を優しく撫で続けて、気付いたら意識を失っていた。
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