第3話 刹那の愛《櫂理side》
1
今日も莉子は可愛い。
明日も可愛い。
ずっと可愛い。
この学校で一番…………いや。
地球上の全生物の中で、一番莉子が可愛い。
「なあ。催眠術ってどう思う?」
「……………は?」
窓の外をぼんやりと眺めていたら、昨日テレビで観たバラエティ番組がふと脳裏に浮かび、何気なく圭に尋ねてみたら物凄く変な目で見られた。
「なんか莉子って直ぐかかりそうじゃん。もし、莉子が催眠術にかかって俺のこと男して見るようになったら、どんな風になるのか気になって」
「お前、相変わらず重症だな」
そして、こっちは至極真面目な相談をしているというのに、全く相手にしようとしない圭の態度が少しだけ癇に障る。
「そんなのそこら辺の女と大して変わらないでしょ。てか、それって目覚めた時に余計ダメージでかくない?」
それから、最後にはとても痛い所を疲れてしまい、思わず顔を顰めた。
「いいじゃん。一瞬でも夢見たってバチは当たらねーだろ」
「へえー。櫂理にしては随分と弱気な発言だね」
しかも、一番触れられて欲しくないところを触れてきて、益々虫の居所が悪くなる。
圭の言う通り、最近俺の情緒が不安定だ。
それもこれも、このごろ莉子は益々綺麗になっているから。
目が大きくクリッとしていて、昔から人形みたいに可愛いと言われていたけど、成長するにつれて更に磨きがかかってきた気がする。
それに、ふわふわなセミロングの癖っ毛は、まるでパーマが掛かっているようで、なんだか垢抜けて見える。
そのせいか、この学校では莉子を狙っている奴が多い。
女子が少ないから余計なのかもしれないけど、他校生の奴らも狙っていると、この前圭が言っていた。
予防線を張っても絶え間なく湧いてくる虫共。
幸い莉子はあまり色恋には興味なさそうだけど、もし気になるやつでも出来たら、それこそ俺は弟以上から這い上がれない気がする。
一番近いのに、一番遠い存在。
義理弟いうのはこんなにも面倒くさくて、想像以上に残酷で苦しい。
「それじゃあ、そんな櫂理君に朗報を教えてあげるよ」
すると、ぽつりと呟いた圭の一言によって、遠くに行っていた意識が一気に引き戻される。
「噂で聞いたんだけど、この近くで講演会という名の催眠商法をしている奴がいるみたいで、かなり好評なんだってさ」
「催眠商法って……それ意味違うだろ」
こいつは俺を馬鹿にしているのかと。
全く見当違いの話をしてきたことに、若干苛立っていると、圭は読んでいた本を閉じ、何やら怪しい笑みを浮かべてこちらに向き直してきた。
「それがマジの催眠術らしくて、八割方落ちるんだと。俺はそういうの全く信じないけど、ものは試しに行ってみてもいいんじゃない?」
そして、完全に遊びでしかない誘いに、俺は乗るかどうか頭を悩ます。
ああは言ったけど、俺だって催眠術なんか全く信じてない。
けど、もし本当に成功したら。
莉子が俺を男として見るようになったら。
いっときの夢が叶うチャンスかもしれない。
「…………分かった。それじゃあ、詳細調べとけ」
それから、色々考えた結果。
不発でも何でもいいから、やるだけやってみようという結論に至り、俺達は莉子の催眠術計画を密かに進めていった。
◇◇◇
※
__そして、迎えた金曜日の放課後。
俺達が向かった場所は、学校近くの裏路地にある雑居ビルの三階。
入り口前まで来ると、そこには『あなたの価値観変えます!人生に潤いを!』という、いかにも胡散臭いオカルト宗教のような貼り紙があった。
どうやら既に講演会は始まっているようで、ちらりと中を覗いてみると、そこに爺さん婆さんの他に若い男や女もいた。
講演会は約一時間程。
そして、その渦中の人物はスーツを着た四十代半ばぐらいの、そこら辺にいるサラリーマンみたいなおっさんだった。
「あいつがそんなに凄腕の催眠術師なのか?」
みたところ参加者は三十人近くいて、そこそこに栄えているようだけど、やっぱり全く信用が出来ない。
「この辺りの暴力団がサポートに回っているくらいだから、そうなんじゃない?……あ、ほら。変な置物売ってるよ」
そう圭に言われてもう一度中を覗いてみると、スーツ姿のおっさんの隣には見るからに怪しい、金色の小さな地蔵みたいな石像が置かれていた。
そして、それを購入しようとしているのか。
次から次へと手を挙げていく参加者によって、会場は活気付く。
そのうち、置物を買う人の列が出来始め、どうやら圭が言ったことはあながち間違いではないらしい。
「おい、おっさん」
そして、公演終了後。
最後の客が部屋から出て行ったのを見計らって、俺達は会場内に乗り込んだ。
「なんだ君達は?ここは学生が来るような場所じゃないぞ」
制服姿の俺達を見た途端、急に険しい顔付きになった後頭部ハゲのおっさんは、怪訝な目を向けて警戒心を露わにしてきた。
「あんた本物の催眠術師なんだろ。ちょっと術をかけて欲しい人がいるんだけど、俺達に付き合ってくんね?」
それから、回りくどいことは嫌いなので単刀直入に切り込んだら、いつの間にか背後に立っていた黒いスーツ姿のガタイがいい男に、突然首根っこを掴まれた。
「おいおい、困るんだよ。ここはガキの遊び場じゃねえんだ。おじさん達は忙しいからさっさとお家に帰りな」
そう言って、部屋の外に追い出されそうになった手前。
俺は首元を掴む男の手首を握ると、そのまま力任せに背負い投げをした。
男は背中を床に強く打ち付け、短い悲鳴が上がったと同時に、こいつの胸元を勢いよく踏み付ける。
「なあ、あんたらここで荒稼ぎしてんだろ?だから、いいじゃねえかよ。学生の頼みを一つや二つ聞いてくれても」
そして、痛みに悶えるスーツ姿の男がなんだか滑稽に見えて、俺はポケットに手を突っ込みながら更に踏み付ける足に力を込めた。
「……な、なんだこいつ。全然ビクともしねえ……」
どうやら、こっちの話は一切聞くつもりはないようで。
スーツ姿の男は何とか俺の足をどかそうと尚も抵抗してくるので、諦めて靴の踵で峰打ちを強く蹴り付けたら、一瞬にして気絶してしまった。
「てめら、ふざけるのもいい加減にしろ!俺達を誰だと思って……」
それから、傍で突っ立っていたもう一人のサングラスをかけた男が、殴りかかろうとした矢先。
それを遮るように、圭は男の目前で思いっきり部屋の壁を蹴り付けた瞬間、鈍い音と共に壁には綺麗な穴がぽっかりと開いた。
「勿論知ってるよ。でもいいの?そんな名だたる組合員がこんな一学生にやられたなんて知られたら、あんたらの立場が危ないんじゃない?」
そう脅しをかける圭の表情は相変わらず崩れることはなく、満面の笑みを男に向ける。
それに怖気付き始めたサングラスの男は言い淀んでいると、圭は容赦無く男の首を掴み、そのまま壊れた壁に頭を叩きつけた。
「ねえ。少しでいいから、この催眠術師のおっさん貸してよ。すぐ返すから」
そして、甘い声で優しく語りかけながらも、首を掴む手にはどんどんと力が込められているようで、男は次第に泡を吹き始め、助けを乞うように首を必死に縦に振る。
「じゃあ、そういうことだから。いいよな?」
とりあえず、話はついたということで。
俺は地面に尻餅をついて怯える後頭部ハゲのおっさんを見下ろしながら、ゆっくりとそう尋ねる。
「は、はい。もう好きにしてください。だから、どうか命だけは助けてください!」
すると、まるで殺される直前のような台詞を吐いてきたので、その姿が面白過ぎて俺は危うく吹き出しそうになってしまった。
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