真実の章①

 少年にはゾノという名前があった。

 ゾノは嵐の晩に1人で買い物に出かけて行った。

 雷鳴もとどろくその帰り道で、ゾノは遠くから犬の鳴き声を聞いた。

 犬は濁流となった川岸になんとか上半身だけでしがみついている状態だった。

 ゾノは助けようとするが、今一歩手が届かない。もう少しというところで急に風雨が強まり、近くで落雷も鳴り響いた。

 ゾノと犬は川の激流に呑み込まれてしまった。

 その後どれだけ経過したのか、時間の感覚が麻痺して、身体の感覚が戻り始めた頃、ゾノはどことも知れぬ川岸に漂着していた。

 頭上に月が照っていることから嵐は去ったようだ。

 かたわらには一緒に流された犬がいたが様子がおかしい。

 いや、犬の状態は健常だ。どこも怪我などしている様子はない。

 しかし、犬の頭上には月よりも不可解なものが浮かんでいた。

 『ドグ』という文字が浮かび上がって、鈍く光っている。

 ゾノは怖々文字に触れたが突き抜けてしまう。

 周囲を見回すと木にも草にも、そこかしこに文字が浮かんでいる。

 息を吹きかけても、蹴散らしても、それらは消えない。

 ゾノがドグと呼んでみると犬が一回吠えた。

 ゾノはここで初めて自分の頭上にはどんな文字が浮かんでいるのか気になった。

 おそらくゾノという文字だろうと予想はついていた。

 見上げても文字は見えないので急いで帰宅し、自室の鏡を見たゾノは愕然がくぜんとした。

 ゾノの頭上に浮かんでいた文字は『ゾノ』ではなかった。

 あらゆる生命の頭上に文字が見えるようになったゾノは、ゾノという偽りの名前で生活していた。

 この浮かんで見える文字が、生き物の本当の名前であるだろうと、ゾノは早期に見当をつけていた。

 青年へと成長したゾノは、街に出て仕事を探していた。

 街には当然人があふれ返り、人の数に比例して文字だらけになっている。

 ゾノはこの文字がその人の名前であるから、人の名前を言い当てる姓名判断師をしようと考えた。

 すぐにゾノの実力は定評を得て、『命名者』という通称で噂は広まっていった。

 しかし、これがゾノに思わぬ災難を運んだ。

 最近生まれた赤ん坊に、ぜひ名前を授けて欲しいと依頼され、家で赤ん坊と対面すると、なんと頭上に名前が無い。

 ここでゾノはこの力の不十分な点について思い知らされた。

 人の名前を命名していたのはあくまで両親、もしくは名付け親と任命された者であり、自分が決定していたものではない。

 ゾノは迷った挙句、昔自分の頭上に見えた『ソーシ』という名前を赤ん坊に提案した。

 しかし、集まった親族で異議を唱える者がいた。

 ソーシという名は隣国の王の名であるから使用できないという。

 その意見によって、ではなぜ自分の頭上にソーシという名前が浮かんでいたのか気になったゾノは、数日後に控えた王と民の面会に参列した。

 そこでソーシという名の王の頭上を見たゾノは愕然とした。

 王の頭上に浮かんでいた文字はソーシではなかった。

 そもそもこの国に同じ名前は2つと存在しない。それは単純に人民を見分ける為だが、それを提案したのが先代の王だった。

 王の名前が偽りであること、自分の名前が王の名であることから、ゾノは突拍子もないことを考えた。

 もしや、自分が王族の血統で、あのソーシと名乗る『ゾーマ』という名を持つ王は何らかの理由で王座を奪った偽物では——と。

 ゾノは敢えて面会の場でゾーマという名を口にしなかった。

 この重大な真実を知る者は国内でも一握りのゾーマの側近だけだと目星をつけ、ゾノは命名者の肩書きから王宮に招かれるよう細工をした。

 そこで滞在期間中、ゾノは王家の血縁関係を可能な限り調べ尽くした。

 すると新たな偽りと真実が浮かび上がってきた。


真実の章②へ続く……

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