第2話 高校編
高校に進学すると、すべてが少しずつ大きく、そして速く動き出した気がした。授業の難しさも、部活動の熱気も、周囲の人間関係も。中学のころの延長線上にあるはずなのに、どこか違って見える。
夏音もその中で、以前より大人びていった。制服のスカート丈がほんの少し長くなり、髪も結わずに下ろすことが増えた。気づけば、彼女に声をかける男子の数が増えていて、休み時間の教室では笑い声が絶えなかった。
ある日、夏音から「彼氏ができた」と告げられた。
その言葉を聞いた瞬間、心臓が強く跳ねた。相手は隣のクラスのバスケ部のエースで、背が高く、成績も良く、人当たりも悪くない。誰が見ても「釣り合いが取れている」と納得できる相手だった。
「そうなんだ」
口から出たのは、当たり障りのない一言だった。
本当は、胸の奥で言葉にならない感情が渦を巻いていた。焦りや嫉妬や虚しさや、そして自分自身への苛立ち。けれど、それを口にすれば壊れてしまう何かがある気がして、唇を閉じた。
彼氏ができても、夏音は僕を変わらず誘ってくれた。学校帰りに駅まで並んで歩くことも、休日に勉強を口実に集まることも。そうした時間がある限り、まだ大丈夫だと自分に言い聞かせた。
でも夜、自分の部屋の天井を見つめていると、その「大丈夫」が急に薄っぺらく思える瞬間があった。彼氏の隣で笑う夏音を想像すると、胸の奥がじくじくと痛んだ。
夏休みの終わり、夏祭りの季節がやってきた。
人で溢れ返る商店街を抜け、僕と夏音は昔からの習慣のように近所の公園へ向かった。子どものころから変わらず、花火を二人で見る場所だ。大人になるにつれて祭りの喧騒はどんどん華やかになっていたが、公園だけは不思議と静かで、僕らの秘密基地のように残されていた。
夜空に大輪の光が咲く。遅れて届く音が胸を震わせる。火の粉のような光が細かく散り、やがて闇に溶けていく。
僕はその光を見つめながら、心の奥で抑えきれない疑問を抱え続けていた。
「……彼氏と花火を見に行かなくても良いの?」
我慢できずに口にしてしまった。
その瞬間、自分の声がやけに小さく、頼りなく響いたように感じた。聞くべきではなかったのかもしれない。けれど、もう戻れない。
夏音は一瞬驚いたように目を見開き、それから視線を夜空へ戻した。花火の明滅が彼女の横顔を照らし出す。
「別に。花火は守と見るって決めてるから」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
安心と痛み、救いと苦しみ。その両方が一度に押し寄せてきて、息が詰まりそうになる。夏音にとってそれは、子どもの頃から続く自然な延長にすぎないのかもしれない。だけど、僕にとっては違う。
ただの習慣じゃない。ずっと大切にしてきた、かけがえのない時間だった。
「……そっか」
そう答えるのが精一杯だった。
再び夜空に咲いた花火が、色鮮やかに視界を染める。音が腹の底に響くたび、僕の心も震えていた。
今の僕には、ただ隣にいることしかできない。彼氏がいようといまいと、彼女の隣にいられること自体が救いだった。けれど、それでいいはずなのに、心のどこかで「それだけでは足りない」と叫ぶ声があった。
散りゆく光を見つめながら、僕は決意した。
今はまだ何も言えない。けれど、いつか必ず伝えなければならない日が来る。そのときには、今日のように躊躇わず、迷わず、言葉にしなければならない。
夏音の横顔に映る一瞬の光と影が、僕の胸に深く焼き付いた。
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