後悔するなよ

マリアンナイト

第1話 幼少期〜中学編

 大輪の花火が夜空に花開き、間の抜けた音が後から遅れてくる。やがて静かに散っていき、その一瞬の輝きとはかなさは、今の自分の心を映しているかのようだった。

 思い返せば、あの公園で花火を見上げたのは、幼稚園の頃からの習慣だった。家が近所だから、夏音とは自然と一緒に出かけることが多かった。親同士も仲が良くて、夏の夜は家族ぐるみで花火大会に出かけるのが恒例になっていた。

 といっても、人混みで賑わう会場に足を運ぶわけじゃない。町外れにある小さな公園。山の向こうに打ち上がる花火を、ただ二人並んで眺めるのだ。そこには屋台もなければ、観客もいない。ブランコと滑り台がぽつんと置かれているだけの、昼間は子供の遊び場、夜になれば誰も寄りつかないような場所だった。けれど、僕たちにとっては特別な場所だった。

 花火が夜空で弾けるたびに、夏音の横顔が一瞬だけ照らされる。その度に僕はどきりとして、けれど子供心にその気持ちがなんなのかは分からなかった。ただ、隣にいるのが当たり前だと思っていた。

「ヒュルルル……ドーン」

 少し遅れて響く音に、僕は小さく笑った。夏音も「変なの」と笑い返す。まるで秘密の合図みたいで、僕はその時間が好きだった。

 花火が終わると、夏音は決まってこう言う。

「また、来年ね」

「うん。またな」

 ほんの一言のやり取りだったけれど、それは子供の僕にとって確かな約束のように思えた。


 小学校に入っても、僕と夏音は同じクラスだった。席が隣になることも多く、彼女はいつも僕の世話を焼いてくれた。忘れ物をすればノートを見せてくれるし、運動会では僕のペースに合わせて走ってくれる。

 夏音は何でもできる子だった。勉強も運動も得意で、先生からの信頼も厚い。僕はといえば、成績は中の下、かけっこはいつもビリに近い。そんな僕を、夏音が笑い飛ばすことはなかった。だからこそ、僕は夏音に対してどこか引け目を感じながらも、そばにいられることが嬉しかった。

 夏の花火大会の日、また二人で公園に行った。あたりは静まり返り、遠くの花火だけが夜を照らしていた。

「ヒュルルル……ドーン」

 音が遅れてやってくるのは毎年のことだ。けれど、小学生になった僕は少しずつその「遅れ」を不思議に思うようになっていた。

「なんで音、遅いんだろうな」

 僕がぽつりと呟くと、夏音は少し考えてから答えた。

「空気を伝わってくるからじゃない? 理科で習ったよ」

 彼女の横顔は誇らしげで、僕はますます何も言えなくなる。僕と夏音の差は、こういうところにも現れている気がした。

 それでも、花火が終わると、やっぱり同じやり取りを交わす。

「また、来年ね」

「うん。またな」

 当たり前の言葉なのに、その当たり前がいつまでも続くように思えていた。


 中学生になると、状況は少しずつ変わった。夏音は部活で活躍し、友達も多く、学校でも一目置かれる存在になっていた。ある時、夏音が同じ野球部の先輩の話を嬉しそうにしていたのを覚えている。

「背が高くて、かっこいいの。みんなに人気があってね」

 それは恋というより、アイドルへの憧れのようなものだった。けれど、僕の胸はちくりと痛んだ。夏音が誰かを見つめることに、言いようのない寂しさを覚えたのだ。

 それでも、花火大会の夜だけは変わらなかった。僕たちは小さな公園に集まり、夜空を見上げた。

「ヒュルルル……ドーン」

 花火が咲いては散るたびに、夏音の横顔が照らされる。僕はその度に、声をかけたい気持ちと、黙っていたい気持ちの間で揺れていた。

 結局、言葉にはできなかった。ただ、花火が終われば――

「また、来年ね」

「うん。またな」

 その約束が守られることに、僕は密かに救われていた。

 中学の夏も、小学の夏も、その前の夏も、変わらない公園と花火と約束。

 だけど、その当たり前が、永遠ではないことを、僕はまだ知らなかった。

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