第9話:最終決戦:全次元合同ミーティング
第9話:最終決戦:全次元合同ミーティング
次元の狭間に浮かぶ、漆黒の議場。 そこは「虚無」の空間でありながら、各界の首脳が放つ凄まじい圧力が衝突し、火花を散らしていた。
魔界代表、魔王バアル。その巨体からは煮え返る溶岩のような熱気と、焦げた硫黄の匂いが漂う。 精霊界代表、女王シズカ。彼女の周囲には、触れるものすべてを砕く絶対零度の氷霧が渦巻いている。 そして人間界の代表たちは、防護服越しに冷や汗を流し、ガタガタと震えながら核兵器の起動スイッチに指をかけていた。
「時間の無駄だ」 バアルが机を叩くと、議場の床が地割れのように裂けた。 「人間界の資源、精霊界の魔力、すべてを我が軍が接収する。これが最も効率的な『平和』の形だ」
「傲慢な野獣ね」 シズカが冷たく言い放つ。彼女の瞳が銀色に輝くと、議場の天井から巨大な氷柱が降り注いだ。 「貴方たちに奪われるくらいなら、この次元ごとすべてを凍結させて滅ぼしてあげる」
一触即発。誰かが呼吸を一つ乱せば、三つの世界が同時に崩壊する。 その絶望的な沈黙を切り裂いたのは、軽やかな、あまりにも日常的な「拍手」の音だった。
「——素晴らしい。三界のトップが揃って『心中志願』とは。これほどコストパフォーマンスの悪い会議は、私のキャリアで初めてですよ」
佐藤光紀が、議場の中央へと歩み出た。 彼は防護服も魔法の防壁も持たず、ただ一着の、完璧にプレスされたタキシードを纏っている。 その胸元には、一輪の白い薔薇。
「サトウ……! 下がりなさい。これは貴方のような人間が介入していい次元ではないわ」 シズカの声に、珍しく動揺が混じる。
「いいえ、シズカ様。これはビジネスです。そして私は、世界で最も欲張りなコンサルタントだ」
サトウは、魔王バアルの眼前に立ち、その巨大な瞳を真っ直ぐに射抜いた。 「バアルCEO。貴方は略奪による『一過性の利益』を求めている。だがそれは、翌期には資産価値がゼロになるハイリスクな博打だ。……魔界の未来を、そんな安っぽい賭けに投じていいのですか?」
「何だと……?」
サトウは間髪入れずに旋回し、議場全体を見渡した。 「皆さんは、パイの奪い合いをしている。だが、私が提案するのは、パイそのものを次元を超えて拡張する……『全次元幸福総量最大化(マキシマイズ・ハピネス)』プロジェクトです」
彼は指を鳴らした。 議場の中央に、巨大なホログラムが浮かび上がる。それは三つの世界が、血管のように複雑に、かつ美しく絡み合った「循環型経済」の設計図だった。
「魔界の強大なエネルギーを動力源(インフラ)に。精霊界の純粋な魔力を環境維持の触媒(クリーン・エネルギー)に。そして、人間界の無限の想像力とコンテンツを、全次元の共通通貨(バリュー)にする。……これを統合すれば、資源の枯渇も、領土問題も、すべては『成長の糧』へと変わる」
「夢物語だ!」人間界の代表が叫ぶ。「そんなもの、誰が管理する!? 誰が信じる!?」
「私が管理します」 サトウの声が、低く、重く響いた。 「私の命を、この契約の担保(コラテラル)として差し出す。もし、いずれかの界がこの調和を乱し、不利益を被るようなことがあれば、その瞬間に私の魂を三等分して、各界の糧にすればいい」
議場に、凍りついたような静寂が訪れた。 バアルの鼻息が止まり、シズカの氷霧が静かに霧散していく。
「……本気か、人間。魂を担保にするなど、魔族でも滅多にやらんぞ」
「本気ですよ。私はホスト時代、客の嘘を見抜き、本音を救うために、毎夜命を削ってきました。……今の私は、世界という名の『最も扱いにくい客』を相手に、最高の接客をしている。それだけのことです」
サトウは、懐から三本のシャンパングラスを取り出した。 そこには、三つの世界の象徴をブレンドした、七色に輝く液体が満たされている。
「憎しみはコストです。愛は投資です。そして、信頼こそが唯一の定数だ」
サトウはグラスを掲げた。 その手は、先日の「影」との対峙を経て、一切の震えが消えていた。 ロジックの鎧を脱ぎ、本音を晒した男だけが持つ、圧倒的な説得力。
「さあ、選びなさい。共に滅びるか、それとも——私と共に、見たこともない『最高収益の未来』へ踏み出すか」
魔王バアルが、ゆっくりと巨大な手を差し出した。 女王シズカが、微かな笑みを浮かべて指先を重ねた。 そして、震えていた人間界の代表も、促されるようにその輪に加わった。
三つの力が、サトウの掲げたグラスの上で一つに溶け合う。 その瞬間、議場を包んでいた虚無が、まばゆいばかりの希望の光に塗り替えられた。
「……商談成立です。それでは、各界の具体的な出資比率(シェア)について、朝まで語り明かしましょうか。……もちろん、私の『シャンパンコール』付きでね」
サトウの瞳には、世界を救った英雄の誇りと、獲物を仕留めた経営者の狡猾さが、絶妙なバランスで同居していた。
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