第4話 カが来たアリ来たイナゴ来た

 そう、麿の「虫召喚(5cm以下)」スキルでカを呼んだのだ。それも、ただのカじゃない。麿のスキルでは、この世界に居る虫だけでなく、前世の世界の虫さえも呼べるのだ。そして、麿が呼んだカは、マラリア原虫に寄生されているハマダラカの雌のみである。


 こんな限定した召喚できるのかなと思ったけど、呼べてしまったんだ。そして、召喚した虫を使役することもできる。何しろ虫だから単純な命令しかできないけど、敵陣に居る人間だけを刺せという程度の命令ならできる。


 今は直接のダメージはほとんど無いだろう。しかし、潜伏期間である1~4週間を過ぎればマラリアが牙をむく。いかに5万の精兵といえど、大半がマラリアに感染してしまえば戦闘力を維持することは不可能だ。


 もちろん、敵軍には衛生兵がいるはずだ。怪我や病気の治療ができる魔法やスキルを持っている者が従軍しているだろう。だが全軍ほぼマラリアになったとき、どれだけ有効な治療ができる?


 この時点で、我が国は戦略的には勝利したといってもいい。仮に1週間以内にこのササンブラ城が陥落したとしても、敵軍はマラリアで行動不能に陥っている。王都からの救援軍が半身不随の敵軍を殲滅してサザンブラ城を奪還するだろう。


 だが、それじゃあ現在籠城中の1万5千人の兵士達も、ギュスト将軍も、この麿も助からない。いやまあ、ギュスト将軍や麿は身代金目当てに捕虜にされる可能性もあるが、兵や民には大きな被害が出てしまうだろう。


 そんなのはご免なので、麿は次の虫を呼ぶ。なに、たかが百万匹程度のカなんて、麿の総魔力の1%程度で呼べるんだから、まったくもって問題ない。


「今度は何だ!?」


「黒色の……地面が動いている?」


絨毯じゅうたん……とは違うよな?」


「あれは、まさか……」


「アリだー!!」


 そう、今度呼んだのは、さらに数を増やした一千万匹におよぶ軍隊アリの群れだ。さすがにこれは総魔力の一割くらいは消費してしまった。


 前世のかなり古いパニック映画に、軍隊アリに人が襲われるって内容のものがあった。その映画のタイトルそのままで某近未来戦車RPGの敵キャラになってたことがあって、麿はそれで知ったクチだ。


 つながれたままの牛や豚くらいなら襲って食い殺してしまう獰猛な軍隊アリの群れ。一匹一匹は全然脅威ではない、貧弱な虫。しかし、それが千匹襲ってきたら、剣で武装した兵士だって一人では対応できないだろう。


 ましてや、ここではその一万倍の軍隊アリが一気に襲いかかったのだ。


「火炎魔法を使え、魔術師隊、火炎魔法だ!」


 後方にいた指揮官が命令を下し、魔術師隊から火炎魔法が放たれる。その火球が当たった軍隊アリの群は炎の中に燃え尽きる。だが、それはほんの一部でしかない。残りの軍隊アリの群は陣形を組んだ敵軍部隊を飲み込んでいく。


 中衛にひかえていた魔術師隊の奮闘で、後方の司令部本陣などへは軍隊アリは到達できなかった。だが、前衛部隊は散々に喰い荒らされた。


 戦死まではいかなかったとしても、手足を食われて重傷を負った兵は多い。アリの群の中に倒れてしまい、全身を食われて死亡した兵も多数発生していた。


 だが、まだだ。まだ終わらんよ、麿の攻撃は。


 麿は、残りの魔力を半分くらい使って、とびっきりの災厄を呼び出した。


「あれは何だ? 雨雲か?」


「おい、今度は一体何だ!?」


「雲……じゃない!」


 敵陣にざわめきがひろがっていく。


 そう、それは空の彼方からやってきた。


 文字通り、雲霞うんかのごとく。でも、ウンカって虫じゃないんだな。


 恐らく農民から徴集されたのであろう、かつてその虫の被害を受けたことがあった兵が、その正体を見ぬいて絶望のうめき声を上げた。


「ああ……イナゴだ……」


 そう、作物を食い荒らし大飢饉を引き起こす害虫の代表、イナゴだ。正確には前世の日本のイナゴとは少し違った種類で、東アジア全域で猛威を振るうバッタの仲間なんだけど、「蝗害こうがい」なんて言葉があるからイナゴと呼んでしまって問題ないだろう。そして、この世界でも同じように蝗害を引き起こす恐怖の存在なのだ。


 そのイナゴの巨大すぎる群は、カやアリと違って兵士達を直接攻撃はしなかった。


 しかし、輜重部隊の方に群れを成して飛んで行き、その兵糧を麻袋ごと食べ尽くした。滞陣用の天幕も、攻城兵器用の綱なども、麻や木綿などの植物由来の繊維によるものは、すべて食べ尽くされた。残ったのは、木箱に詰められた動物性の干し肉程度。


 もはや、5万の軍勢を維持するための充分な食料は残ってはいなかった。


 残されたのは、病に感染し、兵糧の大半を失い、多数の兵士が負傷している進退窮まったボロボロの軍勢だった。


 麿は、生き残った虫たちの召喚を解いて、元いた所へ送り返した。これで、我が国の民がマラリアに感染したり、我が国の農村が軍隊アリやイナゴに襲われることはない。


「これは……思っていた以上の威力ですな」


 感嘆するギュスト将軍に、麿は尋ねた。


「それで、攻撃するのかな?」


 少し考えてから、ギュスト将軍は首を振って答えた。


「やめておきましょう。まだ病気も発病しておらず、負傷していない兵も多い。兵糧は無くなりましたが、まだ飢えてはいない。今は呆然自失状態ですが、正気を取り戻したら戦闘能力はあります。こちらから攻めて窮鼠猫を噛む状態になっては、それこそ藪蛇というもの。こちらは持久すれば勝ちなのですから、無理に攻める必要はありますまい」


「なるほど」


「しかし、攻城兵器だけは何とかしておきたいものですが……」


 敵陣後方の、綱が食われたので一部壊れているものこそあるものの全体としてはまだ健在な攻城兵器群を見てから、麿の方を見やるギュスト将軍。期待してるね? じゃあその期待にお応えしようか。


「では、敵陣の攻城兵器周辺の地下にシロアリを百万匹ほど召喚しておくよ。夜のうちに木材を食わせておけば、明日の朝までには中身はスカスカになっているはずさ」


 その日、敵は攻めてこなかった。


 そして翌朝になると、敵軍は撤退を始めた。城の外には、シロアリに食われてボロボロになった攻城兵器や荷車の残骸と、遺体を埋葬した簡素な塚だけが残されていた。

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