第23話 夜でしか呼吸できなかった瞬間



夜の空気を吸ったとき、

胸の奥が少しだけ広がった。


昼間は、

ずっと浅かった。

息が。


ちゃんと笑って、

ちゃんと返事をして、

ちゃんと楽しかったはずなのに。


——呼吸は、

止まったままだった。


夜になると、

誰も私に

「ちゃんとしなさい」と言わない。


理由も、

説明も、

求められない。


ただ、

ここにいていい。


それだけで、

肺に空気が入る。


——ああ、

息、できてる。


夜の街は、

私を正しくしようとしない。

戻そうともしない。

救おうともしない。


だから、

苦しくならない。


昼の私は、

誰かの期待の中で

息をしていた。


夜の私は、

何者でもないまま

呼吸していた。


それが、

どうしても

必要だった。


——夜でしか、

生きている感じが

しなかった。


それだけの理由で、

私は

また夜に立っていた。

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