第13話 その職務質問で交わされた短い会話



彼は、

震えながらも

淡々と職務質問をこなしていた。


名前。

年齢。

行き先。


声は、

警察官としてのそれだった。

でも、

唇と手先だけが

正直だった。


——寒くはなかった。


それなのに、

彼は震えていた。


横に立つ

小太りの先輩警察官は、

その様子を見ても

特に何も思わない顔をしていた。


——なぜ震えているのか、

不思議に思わないのだろうか。


私は内心、

少しだけ笑っていた。


私は、

先輩警察官には

何も言わなかった。


一ヶ月前の夜のことも、

カラオケのことも、

彼が私を知っていることも。


——きっと彼は、

上司に知られることを

一番恐れていたと思う。


でも私は、

あの夜、

声をかけられて

ついていった自分も

悪いと思っていた。


だから、

敢えて黙っていた。


——本当は、

許されない事実だったのに。


彼は、

最後まで

警察官の顔をしていた。


職務質問は、

それだけで終わった。


別れ際、

目は合わなかった。


——今になって思う。


あの若い警察官が、

この先、

地に足をつけて

警察官としての職務に

きちんと向き合ってくれていればいい、と。


それは、

彼のためでもあるし、

誰か別の夜のためでもある。


私は、

それ以上のことは

願わなかった。


ただ、

その夜が

静かに終わることを

選んだだけだった。

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