第11話 アキトくん登場前夜
その夜も、
私は車を見ていた。
トヨタ車が通り過ぎるたび、
無意識に目で追う。
もう、人の顔は見ていない。
——慣れてしまった癖。
一台のトヨタ車が、
ゆっくりと近づいて止まった。
よくある光景のはずなのに、
なぜか足が止まる。
窓が下りて、
声がした。
「こんな時間に一人で何してんの?」
——いつもの言葉、
のはずだった。
でも、
続いた言葉が少し違った。
「男にしか見えない病みオーラが
背中に出てたからさ。
可哀想だなって思って声かけたんだ。」
少し笑って、
間を置いてから言った。
「君、かわいいね。
名前なんて言うの?」
——名前を聞かれたのは、
久しぶりだった。
年齢じゃない。
体のことでもない。
最初に、名前。
胸の奥が、
少しだけ動いた。
私は答えた。
「……みほ。」
当時、
加藤ミリヤが好きで、
夜はいつも彼女の曲を聴いていた。
イヤホンから流れる声に、
何度も助けられていた。
——だから、
名前を借りた。
彼は、
「俺はアキト。26歳。」
そう言った。
乗っているトヨタ車は、
会社の車だとも付け加えた。
妙に現実的な説明だった。
番号と、
メールアドレスを教えてくれた。
ちゃんと画面に残った。
——でも、
後から送っても、
返事はなかった。
つながらない連絡先。
鳴らない通知。
今なら分かる。
それも、
よくあることだった。
——アキトくんも、
体目当てだったのかもしれない。
でも、
その夜の私には、
それだけじゃなかった。
初めて、
名前を呼ばれた気がした。
車じゃなく、
人を見られた気がした。
——それが、
後に続く夜を
少しだけ変えた。
この夜の少し先で、
私はまた別の人に出会う。
でもその前に、
アキトくんという
“例外みたいな通過点”があった。
トヨタ車に乗った、
26歳の人。
——
名前を聞いてきた、
最初の人。
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