第10話 車を見る癖が、人を見なくなる瞬間
いつの間にか、
私は人を見なくなっていた。
見るのは、
フロントライト。
ボンネットの形。
エンブレム。
歩きながら、
顔じゃなく
車種を確認している自分に気づいた。
——あ、トヨタ。
——これは違う。
——この形は好き。
声が聞こえても、
言葉は入ってこない。
窓が下りる音だけが、
合図みたいに耳に残る。
人は、
ただの付属品になっていた。
——安全かどうかを
人で判断するのは、
もう疲れていた。
だから私は、
物を見ることにした。
年齢も、
目つきも、
声の調子も、
考えなくていい。
車は、
嘘をつかない気がした。
——正確に言えば、
嘘をつかない“ように見えた”。
好きな車が止まると、
心が先に動く。
考える前に、
足が一歩出る。
人を見ていないから、
期待もしない。
失望もしない。
——それが、
一番楽だった。
気づいた時には、
会話の内容を
ほとんど覚えていなかった。
どんな声だったかも、
思い出せない。
覚えているのは、
車内の匂いと、
シートの感触と、
走り出す瞬間だけ。
——私は、
人と会っていたんじゃない。
移動していただけだった。
街を流れる車を眺めながら、
私も流れていた。
止まらないように。
考えないように。
——この瞬間、
はっきり分かった。
私はもう、
誰かに会いに来ていない。
夜に、
自分を預けに来ているだけ。
人を見ないことで、
私は自分を守っていた。
でも同時に、
自分から遠ざかってもいた。
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