第9話 車種で線を引いていた夜



中三の頃から、

私はトヨタ車が好きだった。


理由はうまく説明できない。

でも、見慣れていた。

安心する形をしていた。


夜の街で眺める車も、

自然とトヨタばかり目で追っていた。


——不思議なルールが、

いつの間にかできていた。


ダイハツ。

スズキ。

ミツビシ。


声をかけられても、

私は首を振った。

理由はない。

ただ、違うと思った。


ホンダは、

かっこいい車も多い。

でも、しつこかった。


断っても、

少し先でまた止まる。

歩き出すと、

ゆっくり並走してくる。


——あれは、怖かった。


一方で、

トヨタ車は違った。


断ると、

あっさり諦める。


それが、

妙に信頼できる気がした。


——今思えば、

信頼じゃない。

自分の都合のいい安心感だった。


そして、

私の大好きな車種が止まると、

話は別だった。


声をかけられると、

ついていってしまう。


体目当てだと、

分かっているのに。


——分かっているから、

逆に考えなくて済んだ。


名前も、

年齢も、

未来もいらない。


好きな形の車。

好きなエンブレム。


それだけで、

一歩踏み出せてしまった。


——今なら笑える。

車種で人を判断していたなんて。


でも、

あの頃の私は、

完全に無防備になるより、

小さなルールが必要だった。


トヨタ車は、

私の中の境界線だった。


正しい線じゃない。

でも、

崩れきらないための線。


夜の街で、

私はそうやって

自分を保っていた。

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