第2話 叔父の家を出た夜



叔父の家は、静かだった。

時計の音と、遠くを走る車の音だけが聞こえる。


私は二時間だけ眠った。

深くは眠れなかった。

布団はあったけど、居場所はなかった。


目を開けた瞬間、

胸の奥がざわついた。

ここに長くいたら、

また何かを失う気がした。


玄関で靴を履く。

音を立てないように、

でも、戻れるような気もしなくて、

鍵は持たなかった。


外に出ると、夜の空気が肌に張りつく。

冷たいのに、目が冴える。


——この時の私は、

「逃げたい」と思っていたんじゃない。

行きたい場所があっただけだと思う。


名古屋の夜は、

昼とは別の顔をしている。

ネオンは派手で、

どこか優しそうに見えた。


誰も、私の年齢を聞かない。

学校のことも、仕事のことも。

「今どこに行くの?」

それだけでいい世界。


——正直、嬉しかった。

何者でもなくていいのが。


叔父の家では、

「預かってもらっている子」だった。

夜の街では、

ただ歩いている人だった。


それだけで、

息がしやすくなった。


声をかけられても、

断っても、

歩き続けても、

誰にも怒られない。


——今だから分かる。

あの夜、私が欲しかったのは

自由じゃない。

緊張しなくていい場所だった。


帰る時間を決めなくていい。

寝る理由を説明しなくていい。

何もしなくても、

そこにいていい。


ネオンは光っている。

でも、何も守ってはくれない。


それでも私は、

その下へ向かった。


——あの夜の私は、

「間違えた」のかもしれない。

でも同時に、

必死に生きる場所を探していた。


叔父の家を出たのは、

反抗じゃない。

冒険でもない。


あれは、

私なりの避難だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る