第4話 少年-1



 そして作戦当日、正確には移動日なので本作戦開始まで時間はあるが、当日だ。

 俺達はワイルドベリー女史に見送られる形でUFS極東支部を出発した。

 最初は空路でユーラシア大陸の中心部方面へ。そこでジェネラルと合流した後に、マギトレインで南西に向かう。方向としては、UEOとの戦闘が激しかった方面ということになる。


 アフリカが落とされた後に、デバイスと魔術師の登場で主戦場になることが多かったからか、この方面には大規模戦闘の名残のようなものが多いと聞く。

 もっとも、感傷に浸っているわけでもなく、そういったものを観光に使っているらしいが。

 俺達がジェネラルの軍と合流したのも、そういった観光街の一つであった。




 合流地点となる作戦地名X04ポイントで待機していると、すぐ俺達に近づいてくる影があった。数はざっと二、三十くらい。装備は全てジェネラル製であることが分かる。

 ジェネラルの方も、三十人規模の小隊であり、編成も五人一組。前衛の盾役一人、攻撃手二人、遊撃兼指揮役が一人、観測手一人、という五人一組ではオーソドックスなもののようだ。


 …………。


 彼らの姿に気付いたユウスゲが、先んじて一歩前に出た。


「自分はUFS極東支部第十四部隊第一分隊隊長マサユキ・ユウスゲ一曹であります。本日はご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いするであります」


 かなり緊張が感じられる酷い挨拶だった。敬礼した手もぷるぷると震えている。

 その挨拶に面々はやや面食らった様子だが、すぐに気を取り直して、向こうも代表者らしき禿頭の男が一歩前に出た。


「あー、ジェネラル陸戦魔導師団所属、特殊戦小隊第七分隊、ヤクヌ・ギーグ少尉だ。此度の共同演習は、貴官らUFSの戦力増強を目的としており、スカウトが第一目的ではない。あまり緊張せず、よろしく頼む」


 そう言って、ヤクヌは握手を求めるようにユウスゲに手を伸ばす。ユウスゲはそれに即座に応え、二人とも右手で力強く握手を交わした。


 …………。


 それから、軽い口頭での確認を済ませて、俺達はジェネラルの面々に先導されるような形でマギトレインへと乗り込むことになる。

 軍隊が公共の交通機関を利用して移動する、というのは、実はこの世界ではありふれた光景だったりする。


 何故なら、多国籍企業が自社の支配領域を繋げるように路線を開通していることが良くあり、その社有路線を通常時には領民にも解放していたりするからだ。

 つまりどちらかと言えば、軍用路線を一般人も公共交通機関として利用している、という方が実体に近い。

 公共、という言葉が既に政府ではなく企業に向けられているのが、なんとも言えない。


 多国籍企業にとって一番は社の利益であり、それを最大にするためにもよほどの緊急事態でも無い限り、マギトレインの路線を独占したりはしない。そして当然のように、軍人の輸送にも積極的に利用していたりする背景があるのだ。

 そうやって日夜運ばれている軍人達は、有事の際の対UEO戦力だったり、テロリストへの抑止力だったりする側面もある。


 本当の大規模移動を行う時には、それ専用の輸送車両を活用したりするのだろうが、少なくとも今はその時ではない。


 ……とか言っておきながら、今回利用するのはジェネラルの路線ではない。モノリス・リソースという五つの巨大多国籍企業の一つが有している路線だ。

 一般人にも解放しているのだから、他企業のものを利用しても悪くはない。悪くはないが座りは悪いと思うのに、どうなのだろうか。


 いずれにせよ、そんなマギトレインのうち、二つの一般車両を俺達UFSとジェネラル軍が借り切った形となっている。この二つの部隊が、一般車両と高級車両の境目を占領しており、もしやましい計画を持ったものが居ても、護衛対象のいる高級車量に秘密裏に乗り込むことは困難というわけだ。


 俺達UFSは、二両のうち高級車両に近い車両に位置している。不審人物が近づいて来ても、基本的にジェネラルが対応する配置となるわけだ。安全なわけだ。

 まぁ、俺達はジェネラルと限定的データリンクを構築したため、実際に有事があったとしたらジェネラルから指示が出る。だから、本当に安全かは分からない。相手がその気なら鉄砲玉として情報収集に使われる可能性もゼロではない。


 UFSはジェネラルの下部組織でもなんでもないのに、この扱いである。


 というわけで、ジェネラルの目もなく、教官の目もない今のUFS軍は、だらけにだらけている現状なのだ。

 俺はいい加減、今なら兎にでも殺されそうなくらい隙だらけのユーリの頭を小突く。


「浮かれ過ぎだぞ」


「でもよリーダー。この移動が終わったらジェネラルとの共同演習だぜ。スカウトとか抜きにして、一流の企業軍の動きや魔法が見られると思ったら」


「あまり期待するものじゃないぞ。第一、お前はちゃんとジェネラルの装備を見たのか」


「ん?」


 ジェネラルの存在に浮かれて、いつもより注意力散漫になっていたらしい。

 俺は小声で、ユーリに耳打ちする。


「ジェネラルの装備が、最新のものではなく、やや旧式のものに揃えられていた。ジェネラルお得意の銃型デバイスだからぱっと見は分からないだろうが、モデルとしては四、五年前のものだぞ」


 ユーリはそう言われて、初めて記憶の中にあるデバイスの照合を開始したらしい。

 ついでに、ジェネラルが作るデバイスは、近代兵器を模したタイプが多い。もともと企業の本社がアメリカだったせいか、銃信仰があるのかもしれない。


 もちろん、デバイスの出力さえあれば、形状に拘る必要等ない。銃から斬撃が飛んだとしても魔術師は卑怯とは言わない。

 それでも銃種ごとに傾向はあって、一般的で汎用的なアサルトライフル型、至近距離戦闘に向くナイフ型や拳銃型、防御よりのサブマシンガン型やショットガン型、遠距離向きのライフル型などに大別できる。


 果たして、ユーリもまたジェネラルの装備に思い至ったらしい。


「確かに、言われてみれば旧式だったな。だけど、それも今回の任務のためじゃないのか」


「ふむ。まぁ、UFSごときを相手にするのに最新式の装備など必要ないしな。外部に怪しまれないためにそのくらいのことはしてもおかしくはない」


 と、自分を納得させるように呟いてはみたが、やはり違和感は拭えないままだ。


 あのジェネラルだ。自己顕示欲の塊のような連中だ。そんな奴らならUFSという圧倒的に格下の連中を見下すためだけに、最新式の装備を持ってきてもおかしくない。

 そんな現実的な理由で装備を変更したりするものだろうか。あるいは、最新装備が支給されない窓際部隊という可能性もあるにはあるが。


「リーダーは、ちょっと根を詰め過ぎっていうか、ジェネラルを疑い過ぎじゃねえのか。なんか嫌な思い出でもあるのか?」


「……そうだな。悪い、考え過ぎかもしれない」


 自覚はあった。

 俺自身が、ジェネラルに対して良い印象を持っていないというのは、事実だった。


「少し、冷たい飲み物でも買ってくる」


 俺はそう言って、足を高級車両の方へ向けた。

 入両資格は持っていないが、車両の境目にある自動販売機が目的だった。

 離れるとき、俺はさっとバルトに目配せした。彼は俺の意図に気付いて頷く。

 俺が抜けた代わりに、必要最低限の警戒をしていてくれることだろう。





 このマギトレインは前述したように多国籍企業【モノリス・リソース】の運営によるものだ。

 ではその列車内で買い物をするときの通貨とは何か。

 それは、五つの巨大多国籍企業を主軸に共同利用されている電子通貨『フロント』である。


 国毎に独自の通貨も存在しているが、企業の支配域においては、この企業独自のポイントサービスのような通貨が、万国共通で利用できるのだ。

 現金という制度が時代遅れと揶揄される現代で、経済力を持つ者が貨幣制度を司るのはおかしいことではないだろう。それだけ、国という集まりが弱体化しているのだ。


 というわけで、俺は特に問題もなく自動販売機からミネラルウォーターを購入できた。

 時速300kmという高速で移動する車両の窓に背をもたれ、微かに響く線路の振動を感じながら、俺は反対側の窓から景色を眺めていた。


 ふと気配を感知する。遅れて、高級車両のほうからまだ十を過ぎたばかり程度の少年が顔を見せた。第一印象は利発そうな少年だ。高級車両から出て来たことから分かるように、それなりに裕福な家庭の子供なのだろう。


「……っ!」


 少年は俺の姿を認めてビクリと肩を強張らせる。まぁ、車両から出たところにあからさまな軍人が居たら驚きもするだろう。少年は意識して俺の姿を見ないようにしながら、自動販売機の前に立った。

 だが、彼は自動販売機の上のほうを睨みながら固まってしまった。どうやら、呑みたい飲料のボタンまで手が届かないようだ。


「ボタンを押さなくても、下の認証に番号を打ち込めば注文は通るぞ」


「え? あ、ありがとうございます」


 俺の唐突な声に、少年は戸惑いつつ礼を述べる。それから、やはり上段のほうにあった、柑橘系ジュースの番号を入力し、購入を終えた。

 そのまま立ち去るかと思ったが、少年はなぜか俺の前に来た。


「失礼ですが、あなたは、魔術師ですか」


「そうだ」


 少年の問いかけに肯定する。

 少年は、俺の言葉に少し不安そうに表情を歪ませ、言った。


「もしや、この隣の車両にいるのも全て、魔術師でしょうか」


「そうだ。俺達は任務のために移動中だ。これ以上話すことはできない」


 守秘義務的には否定すべきだろうが、揃いの軍服を着ている時点で誤魔化せるわけもない。

 ただし詳細については述べる事はできない。

 そういった意思をはっきりと示したのだが、少年は、まだ俺と何か話すことがあるらしい。


「では、あなたは、強いのですか」


 俺は少しだけ、言葉を選んで言った。


「強くありたいとは思っている。だが、現状では、強いとは言えないだろうな」


「では弱いのですか」


「弱いさ。少なくとも、一人で戦略級の能力を持つ、トップエリートとは比べるべくもない」


 そもそも、俺が強ければUFSなどで燻っていない。

 才能はあっても、レールが敷かれていなかったせいでUFSに来たパターンではない。俺は才能がなかったから、UFSに居るのだ。


「そうですか……」


「俺が強かったら、魔術の基礎でも教えて欲しかったか?」


「……いえ、そういうわけでは」


 言葉とは裏腹に、少年の顔は図星を刺されたように歪んでいた。

 少年に限らず、この年頃の子供は魔法に興味が強い傾向にある。だが、裕福な人間が無理に魔法を習う必要はない。そんな力を身につけずとも生きていけるからだ。

 裕福な人間が全て格闘技を学んでいるわけではないように、裕福な人間が全て魔法を勉強するわけではないということだ


「魔術師になりたいのか?」


「……自分が強くなりたい、という願望はあります」


 ふと、車窓からの景色に深い緑色が混ざった。今はまだ遠くに見えるだけだが、地図上で確認していた『森』のエリアに進入したのだろう。


「少年。どれだけ強い魔術師になったって、それが正しい道とは限らない」


「どういう意味ですか」


「後ろを見てみろ。森があるだろう」


 俺の声に反応して、少年も振り返り、同じ森を見た。


「深い森だ。だがここは数十年前まではただの荒野だった。荒野を森に変えたのが魔法だ」


「そんなことが、可能なんですか」


「さあな、だが森は世界的に『特別立ち入り禁止区域』指定されている。何故だか分かるか」


「それだけ危険、なのでしょうか」


 魔法が荒野を森に変えた。この説明は半分しか当たっていない。

 魔法という意味の分からない力の源である『魔力』が広範囲に撒き散らされたことで、生態系が狂い、深い森が生じた、というのが事の真相だ。

 そして、その魔力に引き寄せられるように、この森には強力なUEOが徘徊しているのだ。




「この世界には、かつて【イクサの魔王】と呼ばれた、世界最強の魔術師がいた」



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