第3話 共同作戦の噂



 既存の技術であった列車に、UEO対策である魔力防壁を備えたものをマギトレインという。

 俺達のチーム五名を含む、UFS第十四部隊総勢三十名は、とある任務のためにこのマギトレインに搭乗していた。


 部隊などと言っても所詮はUFSだ。お揃いの軍服に見合う統率力などは発揮しておらず、それぞれが思い思いの遊興に耽って、目的地に着くまでの時間を潰している。


 本来なら部隊を統率する少尉などが居る筈なのだが、今回は付けられることがなく、代わりに一曹であるマサユキ・ユウスゲが部隊の隊長に任命されている。ユウスゲ本人は、それとなく締めようとしているようだが、所詮UFSなのである。


「リーダー。もしかして緊張していらっしゃいます?」


 俺がそんな連中を刺すように睨んでいると、チーム最年少のオーカが声をかけてきた。


「オーカ。俺達は作戦行動中だ。ある程度の緊張は必要だろう?」


「それは、もちろん適度な緊張が続けば良いですが、ずっと張りつめていると疲れてしまいますよ」


「この程度で疲れるやわな鍛え方はしてないさ」


「UFSでそんなことが言えるのはリーダーだけかと」


 俺の返しに、ロシアの血を僅かに覗かせる顔つきの少女は呆れた顔をしていた。


「リーダー。あんまり嬢ちゃんをイジメてやんな。嬢ちゃんはリーダーのことが心配なんだよ」


 俺とオーカのやり取りに、いつものにやけ面でバルトレットが混ざる。年長者らしい顔などではなく、悪戯好きの子供のような顔だ。


「バルト。こんな段階で何を心配されることがあるんだ」


「そりゃ、大好きなリーダーの体調だったり、怪我だったりをいつも真剣に──」


「バルトさん! 変なことを言わないでください! 私は観測手兼回復役です! チームメンバーの体調を気遣う義務があるんです!」


 オーカは憮然とした表情で、バルトに噛み付いた。

 バルトは怖い怖い、とわざとらしく降参のポーズを取り、俺に耳打ちする。


「健気な子だなぁ。死んだ娘を思い出しちまうよ」


 声に漂う哀愁に、俺は白けた目を返した。


「娘さんは、まだ生きていると聞いたが」


「そうだったそうだった」


 バルトはまたしても降参のポーズだ。ひょうひょうとして捉えどころのないおっさんだが、チームの最年長らしい安定した精神には、大いに助けられている。

 実質的なチームの副リーダーで間違いない。


「まったく。どいつもこいつも」


 なお、視界の端では、気を抜いていたユーリもまたフィナに窘められていた。

 これは任務なのだというのを、どこに都合良く置き忘れているのか。

 思いつつ、俺は今回の護衛対象が乗っているはずの車両を眺め、任務を受けることになった流れを思い出していた。





 遡ること数日前だ。


 UFS内のネットワーク上に無許可で作られた、管理人不明の情報交換用匿名サイト『アクィラ』にて、とある噂がまことしやかに囁かれていた。

 誰が情報源かも定かではないが、それを特定しようとすると管理人に追放されるのが『アクィラ』だ。匿名であることを利用した根も葉もない噂が多いのは良い事か悪い事か。

 とにかく、そんな正体不明の噂がこうだ。



『世界を牛耳る五つの多国籍企業のうちの一つ。【ジェネラル・ギア】との共同作戦が、近々行われる。その際にジェネラルの目に留まればスカウトの可能性が高まる筈だ』



 この噂が、UFS内でやたらと盛り上がっているのは、俺達の弱い立場があるからだろう。


 この世界は多国籍企業によって牛耳られ、国境という区切りとは別に、企業の支配地域という区切りが存在している。

 なんでそんなことになっているかと言えば、国が安全保障と引き換えに特別自治権を差し出したからに他ならない。


 この世界で最も警戒すべき身近な脅威はUEOだ。そしてUEOから住民を守る役目を国が放棄してどこぞの多国籍企業に渡す。その代わりに、特別自治権──まぁ、経済活動の全面的な自由に始まる特権を差し出しているというような構図だ。

 これによって、世界はまず国の持つ領土と多国籍企業の領土に別れ、多国籍企業の支配地域は世界の至る所に点在しているというわけだ。


 そんな多国籍企業の世界支配の抑止力として誕生したのが、新国際連合であるNWU──Neo World Unionが持つ特別軍事救援部隊SARS(Special Arms Rescue Seek)。つまりは俺達の親分だ。


 もっとも、現実的に抑止力といえるかと言えば、多国籍企業のような開発力もなければ、才能ある魔術師も居ない。何より親組織のNWU内部に多国籍企業の息がかかった議員が多数在籍しており、『張り子の虎』とか、軍事を抜いて『救援部隊』とか揶揄されている現状だ。


 そもそもその予備部隊のUFSからですら、SARSは舐められている。このままSARSに進むより、多国籍企業からの引き抜きを受けることを期待している連中が多い始末なのだ。



 で、話を噂に戻すと。

 もし、多国籍企業の一つであるジェネラルとの作戦で活躍できたら、こんな肥だめのUFSを抜け出して、エリートである企業の軍に配属も夢ではないという考えなのだ。

 実際問題として、どんな共同作戦か知らないが、ジェネラルがUFSと組むメリットなど皆無に等しい。


 ジェネラルとUFSが共同で当たらねばならない任務など浮かばないし、もしそんな任務があるならばジェネラル単独でも遂行可能だろう。UFSは足手まといと思われる。

 ジェネラルは多国籍企業の中でも、軍事関連と鉱物資源や石油資源、その加工に強い力を持つ比較的武闘派の企業だ。UFSとは比べるまでもない。


 だから、そんな噂はただの噂だと判断していた。

 ある日、俺と対戦で引き分けたユウスゲからこんな話を聞くまでは。




「護衛任務?」


「そうだ」


 ユウスゲは、部隊全員でのランニング中に俺に近寄って来てそう耳打ちしてきた。

 俺達は基本的に仲良しではないが、無闇にいがみ合っているわけでもない。情報共有をするくらいの交友はある。

 だが、ランニング中というのは、少し珍しい。よほど急いで話したいことなのだと考えた。


「今度、ジェネラルの部隊と共同作戦があるという噂は聞いているだろう?」


「ああ。それが、護衛任務だと?」


「確かな情報だ。俺のチームの一人が、教官のプライベートから聞き出した」


 それはつまり、お前んとこの誰かが教官とプライベートな関係を持っているという自白か。

 そう呆れたが、ぶっちゃけ他人のプライベートなんてどうでもいい。俺は詳しい話を聞くことにした。



 近々、NWUの重鎮が重要な会議のために長距離を移動するのでその護衛が必要になった。

 しかし、大々的な護衛を付けると却って重鎮の存在を示すことになる。SARSの精鋭を集めたところで、多国籍企業のエリートから狙われたら太刀打ちできない。それを実行するかは置いといてだが、重鎮にはそれだけの価値があるらしい。


 そこで、民間人に偽装して秘密裏に移動する計画となったが、どういうパイプを使ったのかその秘密裏の護衛役にジェネラルが当たることになった。素直にSARSが護衛にあたるよりは、他の目を欺きやすいという判断らしい。

 しかし、ジェネラルの一部隊が何の意味も無く移動していてはやはり怪しまれる。その方便として上がったのが『UFSとの共同演習』という名目だ。


 つまり、ジェネラルが『善意』でUFSとの演習を行うため、演習目的地までUFSと行動を共にするのだ。

 なぜSARSではなくUFSなのかと言えば、UFSが注目するに値しない存在だからだろう。

 魔術師界隈でUFSが責任のある任務に付く事はまず無い。


 もし重鎮を狙う人間が居たとしても、その護衛目的でジェネラルはともかくUFSを付けるとは思わないというわけだ。

 事実、俺達の任務は護衛ではなく、演習地点に着くまでジェネラルの邪魔をしないことなのだから。





「信憑性はともかく、ありえないと言いきれる話でもないか」


 可能性は依然低いとは思うが、確実にゼロとは言い切れないくらいの話だ。


「そう、だろ……は、は」


 説明を続けていたユウスゲは僅かに息を荒くしていた。

 そして、彼の目は本題を告げる顔になる。


「その任務に選ばれるのは、成績優秀な部隊だということだ」


「それは、このランニングも含めてか?」


「そうだ。他のチームには既に話が通っている。そしてこの事実を知っているのは俺達の部隊だけだ。後は分かるな?」


「了解だ」


 つまり、普段は適度に手を抜いてる奴らばかりの訓練に全力で取り組んで、成績を押し上げて、その共同任務に抜擢されようということだ。

 情報の出所が出所だけに、他を出し抜くには今しかあるまい。


「じゃあな。足だけは引っ張るなよ、歴代最低」


 既に任務に選ばれることは確信した様子で、ユウスゲは自分たちのチームに戻って行った。

 俺はちらりと、俺の後に付いているチームのメンバーに振り返る。


「というわけだ。少しペースを上げるぞ」


「りょ、了解!」


 フィナを除いたチームの面々が、批難めいた顔をしていたが気のせいだと思うことにした。




 しかし、よりにもよってジェネラルか。

 俺は誰にも気付かれないよう、ひっそりと奥歯を強く噛みしめた。




 それから数日後、目論見通り俺達UFS第十四部隊に特別な指令がくだることになった。

 といっても、ユウスゲから聞いた裏の事情など一切知らされていない。


 ブリーフィングで伝えられたのは、とある地点でジェネラルの部隊と合流。魔導列車マギトレインにて演習目的地まで移動したのち、現地にて特別地形対応演習を行うこと。以上だ。

 なぜ現地集合でないのか、といった理由すら明らかになっていない。コスト面の都合など言い訳くらいはできそうだが、そんな労力も惜しいらしい。


 相変わらず、UFSそのものが気に食わない組織だと思いつつ、周りの密やかな興奮に水を差す事はしないでいた。つまりその場で作戦に異議は唱えなかった。

 だが、そのUFS上層部の態度や、周りの浮かれ具合を警戒する人間が俺以外にも居た。


 ブリーフィングが終わり、俺が自室でブリーフィングの見直しをしているところ、乱暴なノックで現れた男が開口一番で言った。


「よう大将。どうにもきな臭えと思わんかい?」


「バルトか」


 バルトは同居人のユーリが不在と見て、彼の机から椅子をひったくると、俺の隣に腰掛ける。そして、俺が手元に表示していた内容に目をやった。


「そりゃあ、今度の作戦地域の地図かい?」


「ああ。マギトレインでの移動にはなるが、地理を頭に入れておいて損はないからな」


 特に、今回の任務は慣れない大陸での作戦だ。この極東の島とは気候や習慣など勝手が違うことも多いだろう。


「熱心だな。俺はたまにで良いから、大将が年頃のあんちゃんをやってる姿が見てえよ」


「年頃の若者が見たいなら、そこらへんに転がっているぞ」


「冗談。あの子らじゃあ、ちょっとおじさんとは話が合わないね」


 UFSの他の面々を評し、ひょうひょうと返すバルト。その落ち着きは年相応に見えるが、彼もまた謎が多い。

 なぜ、家族も居るような中年の男が、新しくUFSに入ったのか。それは分からない。


 若い頃からずっとUFSの平隊員という可能性も全くのゼロではないがまずない。この隊の規定では、何年か所属しているとSARSへの転属や、下士官への昇進などがある。

 年功序列で考えても、バルトが最近UFSに入ったのでなければ、俺がリーダーである意味が分からない。


 だが、そんな彼と相談できるというのは、他の分隊にはないこのチームの強みだろう。


「バルト。今回、何か起こるとしたらどう読む」


「そりゃ、情報が洩れてて、テロリストとどんぱちじゃないか」


「そうだな。だが、それだけなら、ジェネラルがいる以上大きな問題にはならない」


 普通に考えて、俺達が出るまでもない程の簡単な任務だ。そう、簡単なのだ。

 まだ、治安維持活動でテロリストの鎮圧に向かったり、人里付近に出没したUEOの討伐に向かったりする方が危険だ。

 任務が簡単なのは良い事だが、簡単過ぎる任務は却って不安になる。


「なにより、なぜわざわざこの支部から人を出す。今回の概要を見たが、他に作戦開始地点に近いUFS支部はいくらでもあるはずだ」


「さて、恐らくだが、今回の立案者は極東支部に縁のある人間なんだろうさ。無理のある案を強引に押し進めたもんで、自分の手元からしか駒が出せなかったんだろう」


 UFSの内部もまた一枚岩ではないか。納得できなくはないが、胸騒ぎは収まらない。

 とはいえ無根拠の胸騒ぎに理由など付けられないか。バルトも同じように少し悩み顔だ。

 何か不安はある。はっきりと形にできない不快感を覚える。そしてそれを解消する方法は浮かばない。

 それでも、年の功と言うべきか、バルトがぽつりと漏らす。


「……ま、おじさんの勘でよければだが」


「構わない」


「もし、何かあったとき、例えばマギトレインが停止せざるを得なくなったとき。必要最低限の保存食に、最寄りの街までのルートの情報はあると良いよな」


「……同感だ」


 何も無いなら、勿論それで良いのだ。保存食など後でも食べられる。

 俺は、本来なら必要にならないだろう、糧食や緊急時の備品だけ、無理にならないようバルトと分担で持ち歩く方針を立てることにした。






 作戦の正式な日時も分かったあと、俺は夜の自室でメッセージをしてしたためていた。


「リーダーってさ、たまにそうやって文章書いてるよな、日記?」


 同室なので俺の行動を隠し通せるわけもない。

 ユーリの疑問に、俺は頷く。


「似たようなもんだ。たまにこうして近況をまとめて、送ってるんだ」


「送ってるって誰に? まさか、故郷に残した恋人とか?」


 面白半分のからかいに、俺は首を振る。


「俺の故郷は、とうにUEOに滅ぼされた。両親もその時に。これは、もう会えなくなった人に、自己満足で送っているだけだ」


「あ、悪い。なんか俺、いつもその、一言多いよな」


「気にするな。もともと、俺が変に面倒な事情を持っているのが悪いんだよ」


 シュンと項垂れたユーリに苦笑いをして、俺はパソコンに向き直った。

 秘匿回線をBEL-9にセット。さきほどしたためたメッセージを、届いているかも分からないアドレスに送る。

 返事が来た事はない。それはまだ、このアドレスが消えていないということであり、それでいて、読んでいる人間など居ないということでもある。


 それでいい。所詮これは、自己満足だ。




 なお、故郷がUEOに滅ぼされたというのは、嘘ではないが正確ではない。

 故郷が滅びた直接の原因は、UEOではない。

 そしてそれを俺は誰にも話していない。



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