第1話 魔法の最底辺



 この世界には、名前に使うべきでない文字が四つある。


 それは『シ』『ユ』『ウ』『ネ』の四文字だ。

 この文字を使った名前がなぜ忌み嫌われるのかと言えば、数十年前の大戦に遡るのだが、俺が話したいのはその大戦のことではない。

 そんな四文字のうち、実に三文字を使った『シュウ』というのが俺の名前ということだ。


 俺の生まれた土地には、その四文字に関わる伝承など伝わっていなかった。

 世界がいくつかの超巨大多国籍企業に牛耳られるようになった昨今の情勢では珍しく、俺の生まれた街は、国が直接管理する地域に含まれていた。

 だから、多国籍企業内で──いわゆる『魔術師』界隈でタブーとされる四文字のことなど知らずに名前が付いた。


 名前を付けてくれた両親を恨む気持ちなど毛頭ない。

 なにより、既に死んでしまった人間を恨むなどというのは、意味のないことだ。


 あえて恨むとすれば、その四文字を忌字とした張本人か、もしくはその四文字を忌み嫌う多国籍企業に支配された、この世界そのもののどちらかだろう。

 だから、俺は正しく、目の前の人物に怒りをぶつけなければならない。





「どうしたシュウ・クロベ! 名前の通り、薄汚い戦い方で逃げてばかりか!?」


 そう挑発の声を出した男が、手に持った『剣』を俺に向かって振り下ろした。

 剣の刃渡りは一メートルもない。対して彼我の距離は二メートル以上ある。これがただの剣であるならば、警戒するどころか、チャンスでしかない行動だろう。


 だが、この場においてそれは当てはまらない。

 俺はその剣撃の軌道を見切って身をずらす。直後には風を切るヒュンと鋭い音とともに、俺の立っていた地面に細く切れ目が入った。

 剣型デバイスの代表的な汎用基礎魔術『スラッシュ』であることは明白だった。


「逃げて、逃げて、逃げて! 俺の消耗を狙うつもりなら無駄だ!」


 目の前の男──マサユキ・ユウスゲは、無駄に叫びながら剣をデタラメに振り回す。その都度生じる剣撃の魔法を、不可視のそれを俺は冷静に回避し続ける。

 一つ避け、二つ避け、一つをなんとか受け流し、隙を見て前進し、また避ける。

 その繰り返しで、少しずつ、少しずつ、俺はユウスゲとの距離を詰める。


「ちっ!」


 ユウスゲは焦れたように、大薙ぎの横切りを放った。

 俺がどれだけその剣撃を見切ろうと関係ない。不可視かつ不可避の斬撃にユウスゲの唇がにやりと歪む。そして彼はそのまま、下段を警戒した。

 それは以前、俺が同様の攻撃に対し、下から滑り込んで回避しつつ攻撃を行ったからだ。


 その経験があるからこそ、ユウスゲは油断せずに下段を警戒する。

 そして、そうまで警戒されているのに、同じ行動を取るバカなどいない。

 その剣撃に対し、俺は静かに、手に持っていたナイフを──万能ナイフ型のデバイスである『サジタリウス』を振り上げた。



 魔法の発動に、呪文は必要ない。

 呪文をトリガーとする様式の魔法もあるが、剣型や槍型など、武器型のデバイスで発動するタイプの魔法はそれを必要としないものがほとんどだ。


 俺は手に持ったデバイスを起点とし、そこから意識の『セキア』を身体の中に通す。この『セキア』は物理的に説明も描写も不能な軌道を描いて、デバイスから俺の心臓の辺りに接続する。

 そして、感覚の心臓とでも言うべき魔力の源から、魔法に必要な魔力を吸い上げる。


『セキア』を通った魔力がデバイスに内蔵されている魔術演算回路を起動し、人間の心象風景──イメージを読み取り、予め設定されていた形で魔力を魔法へと変換する。

 この一連の魔法起動手順を、魔力を持たない人間に正確に伝達する手段はないという。何故なら俺達が感覚的に理解している『セキア』が、どのような言葉でも理解できないかららしい。


 表現としては、線とか管とか回路とか道とかが近いが、人によっては中枢とか骨格とか皮膜とか色々とあって、それが誰もしっくりとしない程、俺達にとって『セキア』は『セキア』なのだ。



 果たして、俺のデバイスは俺のイメージを読み取り、設定してあった魔術を起動する。

 俺はそれを、ユウスゲに向かって振り下ろした。

 ナイフから放たれる汎用魔術『スラッシュ』が、ユウスゲの魔法とぶつかり合う。


 これが同等の魔法能力を持つ者同士の魔法のぶつかり合いであれば、相応の余波を撒き散らしつつ相殺される。

 だが、この場ではそのような結果にはならない。

 俺の『スラッシュ』は、多少の抵抗を示した直後、ユウスゲの『スラッシュ』をいくらか削っただけで消失した。


 俺の魔法が、簡単に押し負けた形だ。

 だが、それで良い。その僅かな拮抗で道はできる。


「っ!」


 俺は、自身の放った『スラッシュ』の軌道をなぞるように身体を魔法の斬撃の中へ滑り込ませた。いくらか弱まっていた魔法が、俺の身体に切れ目を入れる、が両断には及ばない。

 傷口から溢れる血と痛みを意識して無視し、俺はデバイスを前へ。


 俺の行動に咄嗟に固まっていたユウスゲに、もう一度ナイフを振り下ろした。

 俺の放った『スラッシュ』が直撃。しかし、ユウスゲの身体に付いた傷は、今の俺と同等か、それよりやや軽い程度か。


「ち! 鬱陶しい!」


 吐き捨てて、ユウスゲは一歩距離を取った。

 俺とユウスゲが互いにデバイスを向けて、仕切り直す。

 お互いに致命傷はない。戦闘は続行できる。さてこれからというタイミングで、俺達の実戦訓練を監督していた女少尉の声が響いた。


「そこまで! お互いに有効打と見なし引き分けとする」


 その声に、ユウスゲは少尉のほうを見て不満げに言った。


「教官殿。自分はまだ戦えます」


「死ぬまで戦う訓練ではない。なんのためのセーフティだ。双方デバイスを」


 女教官の諌める言葉に、ユウスゲは渋々とした様子で従う。俺もまた文句を言わずにデバイスを差し出した。

 教官の操作のもと、デバイスのタクティクスモードが変更される。


 それまでのモードT-22はトレーニング用のモードだ。デバイスの攻撃性能を落とし、自動魔力防御と生命維持機能にリソースを割り振る。この状態のデバイスが発動できる魔法は、非致死性の威力に制限される。

 また、現在のモードN-00はニュートラルモードであり、能動的な魔法の発動が制限されているモードである。無論、タクティクスモードの変更など俺達が任意で可能だが、この場所では、無許可での魔法の使用は許可されていない。


「訓練を終えた両名は直ちに下がれ。次の者、前へ」


 教官の声に従い、俺とユウスゲが下がると、新たに二名が教官の前へ出た。俺達と同様に、教官にデバイスのモードを変更されているのだ。

 その様子を眺めていると、先程まで俺とやりあっていたユウスゲが声をかけてくる。


「シュウ。判定は引き分けだったが、俺はお前に負けるとはこれっぽっちも思っていない」


「奇遇だな。俺もお前には負ける気がしない」


「ほざけ。お前のような無能の魔法に誰が負けるというんだ。第一、本当に戦いだったら最初の一撃を先に入れた俺の勝ちだ」


 そう吐き捨てて、ユウスゲは自分のチームメンバーの元に向かう。

 時を同じくするように、俺の周りにもチームメンバーが集っていた。


「リーダー。良く引き分けたな。怪我大丈夫か? 医務室に行くか?」


 ポンと俺の肩を叩きながら、お調子者らしい顔をしたユーリック・ホーリーオーク、略称ユーリが声をかけてくる。


「デバイスの自動回復でも十分修復できる傷だ。問題無い」


 もともと訓練で発動できる威力では、自動回復機能すら本来必要ない。身体の自然治癒でも二週間もすれば元通りになる程度の怪我だ。


「ま、それでも良いけどよ。しかしリーダーもやるよな。このUFSでも歴代最低の魔術適性で、最高クラスのユウスゲと引き分けるんだからよ」


 ユーリの言葉には、素直な賞賛があった。

 歴代最低の魔術適性というのも、悪口ではないと分かる。

 だが、俺がそれを気にする前に、ユーリの相方となっているフィナ・クローバーがユーリを小突く。


「ちょっと。言葉を選びなさい。というかまだ訓練中なんだから私語は慎む」


「あ、悪い」


 ユーリはバツが悪そうに謝る。俺は声には出さず、手を軽く上げるだけで気にしていないという意思を示した。

 俺のチームメンバーは後二人居るが、残る二人は俺に声を掛けず手振りと目線だけで賞賛を示してくる。


 まだ未成年で、チーム最年少の線が細い少女、オーカ・ニエーバは、身体を一杯使って素直な賞賛を。

 チーム最年長であり、中年から老年と呼んで差し支えないおっさん。バルトレット・コーンフィールドはニヒルな笑みで、賛辞を述べるように。


 以上四人に俺を含めた五人が、UFS第十四部隊の第五分隊のメンバーである。一応リーダーである俺の階級は二曹ということになっているが、別に大した権限があるわけでもない。

 俺は二人にも軽く手を上げて返し、それから訓練を開始した次の二名に視線を移す。


 ぼんやりと二人を見ながらも、心では別のことを考えていた。



 ここUFSは、正式名称をUnion Force Stock──連合予備隊という。


 それは、この世界で公式に『魔法使い』と認められる部隊の中で、最も力の無い存在とされる連合の正規軍SARS(Special Armed Rescue Seek)、特別軍事救援部隊の予備部隊であることを示している。


 固有名詞だけ並べれば立派だが、要するに、世界を牛耳る多国籍企業の軍隊の採用基準に満たなかった寄せ集めの軍隊、その更に予備部隊ということだ。

 つまりは、世界最弱の魔法使いの寄せ集めである。


 予備隊とは名ばかりで、その実体は軍事訓練も行うゴロツキの掃き溜めだろうか。

 ここUFSに集っているのはろくに学も無いような戸籍の無い子供や、世界の情勢不安で仕事を失った人間、身分を偽っているような亡命者に、親から半ば売られたような可哀想な子供など。


 つまり、魔術適性という、出がらし程度に残った最後の才能だけで、必死に世界にしがみついているような人間たちなのだ。



 その中ではトップクラスである人物と、全力でやりあって引き分けというのが、どれほどの価値がある結果なのかは、言うまでもないだろう。

 それが、どうあがいても変わらない、魔術適性歴代最下位の俺の実力だった。


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