第9話
どうしよう……。
これは完全に唯乃のせいだ。
明里をそのまま恋愛の対象として見てしまっている。
今までは友人って感じで一線引いて守れてたのに。
潜めて蓋をして隠し続けるはずだった恋心が、表に出るようになってしまった。
冗談でも向き合ってみるなんて言わなければよかった。
もう1人の自分とはいえ、女の人にあんな風にスキンシップを取られたら「こんな関係を明里とも……」とか思っちゃうって。
……だよね?
恋愛脳すぎたってことじゃないよね……?
私がただ単に欲求不満でそういうことばっかり考えてるとかそんなんじゃないよね?
「心配だ……どうしよう。これから」
一度土から芽吹いたものを、地中に戻すなんて……無理だ。
「何が?」
「明里……」
「お、今日は終わったの? 一緒に帰らない?」
放課後、合唱部の指導を一通り終え、タスクも片付けたから帰ろうと靴を履き替えると、明里と帰るタイミングがバッティングした。
ただでさえ昼休みにあんなことがあって、頭の中がぐちゃぐちゃなのに……。
「もうすぐ終わりだねー。何度やっても可愛い子供たちとのお別れは慣れないなぁ」
「そうだね。私も流石に行事の仕事量はまだ慣れない.…」
音楽関係を丸投げされて、ある程度固めたらダメ出しされて……。
ルーティンのように大枠は決まっていても、意外とアドリブみたいに毎年変わる要素がある。
例えば卒業式、開場してから始まるまで私はBGMをピアノで弾くことになっているけど、その曲選びにもトレンドがあったりして色々とうるさい。
親御さんが落ち着くような往年の名曲を、流行りのポップスを編曲して、ただ式でピークを迎えたいから演出が強すぎるのは無しで……。
思い返すだけで疲れで自然と肩が落ちる。
「音楽の先生って大変だよね。協力したいけど、私みたいな素人が手を出すとむしろ仕事増やしちゃいそうだし……」
「その気持ちだけでも嬉しいし、これからもやるんだし覚えてかなきゃいけないから……」
「あっ! 苗木先生と比山先生!」
名前が出てこないけど、ネクタイの色を見るに3年生。
「琴乃ちゃーん! 明里ちゃーん! バイバーイ!」
「あんまり夜遊びしちゃだめだよー」
「はーい」
親しげに名前を呼ぶ生徒に手を振ってお別れする。
内部進学がほとんどとはいえ、しっかり卒業シーズンにはそのムードが漂う。
まぁ高等部は少し離れた場所にあるから、内部進学でも私たちとは基本的にお別れだし無理もないんだけど。
「卒業式って一応やるけど、大体みんな同じ高校行くんだよねー」
「卒業感あんまりないかもね」
「そうそう、私は中学も高校も別だったし、不思議な感じ」
「私も同じ、中高一貫って不思議な形式だよね」
決まった道をそのまま歩く。
道が決まってるのは楽で羨ましいかも。
そんなことを思った反面、私は中学3年で進路を変えたことを思い出した。
音大付属の音楽高校でなく、普通科の高校へ。
「……琴乃? どうかした? 俯いて」
「えっ? あっいや……」
自然と重くなっていた頭を持ち上げると。明里が私を不安げな視線で見つめている。
病気のペットでも見るような視線に、ついつい口が慌てて動く。
「あのさ……もしだけど、小さい頃に諦めた夢を持った自分が、ある日突然現れたらどうする?」
「えっ……?」
「あっ……えっ? あっと……いや、違っ」
何言ってるんだ私は……!?
こんな重いことをいきなり話したらドン引きされてしまうじゃないか。
「なにか、諦めた夢があったの?」
けれど、明は引かなかった。
ピアノの黒鍵と白鍵のように、くっきりと鋭い視線がこちらを見ている。
「私は学校の先生になりたかったけど……琴乃は違ったの?」
まるで値踏みされてるみたいで、答えに困る。
最初は先生を目指していなかった。なんて言ったら「同志だと思ってたのに」と失望されてしまうかもしれない。
好きだと同時に、嫌われたくないという欲がふっと心が泡を出した。。
それが自分の色気付いた願望だと遅れて気づくと、奥歯がむず痒くなる。
友愛と恋愛が完全にくっついてしまって、どう誤魔化したらいいかも分からない。
だからこそ、取り繕うのはやめた。
「……ピアニストに、なりたかったんだ。中学の頃は」
「へー」
まぁ音楽の先生ならそんな時代もあるよねって感じの話だけれど、彼女はさらに行間を読んで私を透かして見るように目を細める。
「諦めるってほど本気だったの?」
この視線の温度に、私たちの距離感を感じた。
熱を感じ取れたから。
「……うん」
「そうなんだ……なんでか聞いていい?」
日に日に距離が縮まっているのを感じる。
新任2人同世代、戦友としての絆は深い。
その上で彼女は、さらに私を理解しようとしてくれる。
「それは……」
だから私も自然と心を開いてしまう。
ついつい、自分のスケジュールを話すように挫折までの経緯を話してしまった。
「は〜中学でねぇ。まぁ習い事やめるにしても現実的な年齢だよね。でもコンクールで2位でしょ? 凄いと思うし、諦める必要なかったんじゃない?」
「どんなに頑張っても『あの子は特別として、それ以外の中ではよく頑張りましたね』って言われるのは結構辛かったかな」
思い出すと咳じみた乾いた笑いが溢れてくる。
直接言われたわけではないけれど、そんな評価を受けていたのは確かだった。
上手だと言ってくれた周囲の人間の期待を、裏切り続けてる気がして辛かった。
「あぁ暗いこと言っちゃってごめん。でもさ……」
「それは……辛かったね。教えてくれてありがとう」
空気を重くしてしまったのをすぐ明るく引き戻そうとすると、明は私の髪の毛をワシワシとしながら笑ってくれた。
身長は明の方が低いのに、その笑顔は妙に大人びていて目が吸い込まれる。
明は人をよく見るタイプだ。
その距離感に意識を訴える心臓の音がどんどん早くなる。
「あっごめん! ウチ弟いてさ、こうやって悩んでるとつい……ね。琴乃みたいに塞ぎ込んだりしていると、居ても立っても居られなくなるんだよ」
かっこいい姉御肌なところもあるのに、どこか穏やかな温かさを感じるのが不思議だった。
弟がいたからだったんだ……。
「ううん、大丈夫。そう言ってくれて嬉しい」
「そっか」
「だからさ……諦めなかったらどうなってたか、明里も考えたことあるかなって」
「んー、私はないかな。なるなら先生かなって感じだったし」
私が色々話したからと言って、それに乗っかるわけでもないところ明里らしい
「それで家庭科ってのも珍しいけどね」
「いいじゃん。女子力高めな先生ってさ」
「たしかに」
「てかさ、諦めたはずなのに音楽の先生なんでしょ? ピアノは好きなんだよね?」
「うん、好きだよ」
ピアノも、あなたのことも。
「じゃあさ、ちょっとピアノ聞かせてよ。ストリートピアノあるじゃんね、ここらへん」
「えっ?」
「こういう時はさ、学校でも出来ないくらい思いっきりやるとスッキリするよ。私が聞いて、その演奏を親友の私が1番に認命してあげる!」
「それ先に言ったら意味ないと思うけど……」
んー? とこちらを下から覗き込む彼女と目が合うと、視界がチカチカしそうになる。
自然と上目遣いになる明里の表情からついつい視線を逸らす。
けど彼女は「悩みを聞いてもらってる後ろめたさ」のようなものを私から感じたのか、また一歩こちらに近づいて強く言う。
「でもさ、聞いてみたいじゃん。何か弾けない?」
「簡単なものなら多分、弾けるけど……」
「じゃあ行こうよ」
「えっ……あっ、ちょっと! どこ引っ張って……」
「こういうのは吐きだしちゃった方が早いって」
明里はビシッと暗い空に指を差し、私の前をツカツカと早足で歩いていく。
「ほら、早くしないと遅くなっちゃう」
さらに少し遅れた私の手首を握って引っ張った。
もう少し遅くついていけば、手のひらを取ってくれたのかな。
そんなことを頭に浮かべながら手首の頸動脈で、この状況に1人心臓を弾ませてることがバレそうで……。
「……そういうところが」
耳に届かないように俯いて、最後まで言いきらずに喉奥から心からの気持ちを地面に転がした。
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