第8話
教師としてはどうかと思うけれど、午前の授業はあまり身が入らなかった。
とは言ってもテストも終わって、残すは卒業式や終業式で授業でやることも特にない。
伴奏して、卒業生を送る歌のクオリティを上げる。
3年生に関してもクラス単位で卒業式の流れを予行演習。
テストが終わっての授業は、流石に雰囲気も変わってくる。
音楽が絡む行事は基本的に音楽の教員がメインで動くため、授業の合間にやることも増えつつある。
そんな昼休み。
「ねえねえ今日は家庭科室で食べようよ」
そう明里に誘われて菓子パンを購買で買ってから向かった。
なぜか、いつもより足取りが軽い。
普段からお昼は時間が合えば一緒に食べていたのに、今回は一緒に食べれることが少し嬉しい。
「明里……?」
「あっ琴乃、ごめんね。ちょっと座ってて」
彼女の背中を見つめながら、促されるままに扉から1番近い机に座る。
「これは……うわっ豪華だね」
すると広い家庭科室の大きな机、その一角に豪華なお昼ご飯がラップして置かれていたのが目に入った。
生姜焼きにサラダにご飯に味噌汁……色合い豊かな昼食がラップして置かれている。
「これ調理実習で作ったの?」
「そっ私が作ったお手本。3年生最後の調理実習だし、少しだけ豪華にしてるんだ。えっと平皿が……」
あと3クラスあるから3日は同じメニュー確定なんだ。と笑いながら棚の食器類の数をチェックしている。
明里の手料理につい目が行く、盛り付けも丁寧で家庭的な一面がお皿に表れている。
「そういえば普通に誘っちゃったけど、大丈夫だった? この時期忙しいのに」
「まだ大丈夫。明里も卒業証書の代書あったと思うけど、いいの?」
校長は書道が苦手みたいで、卒業証書の署名は書道の得意な先生が代わりにしている。
前まで国語の先生方がやってたそうだけど、明里は書写指導も兼任しているから白羽の矢がたった。
「あーそっか、それあった。まぁでも大丈夫。ウチの学校って若手に優しいし、なんとかなるよ」
語尾を上げつつ、食器類の確認を終えて棚をパタリと閉めると、私の隣の席に座った。
「よし、枚数チェック終わり! さて、食べよ」
「うん……それにしても、美味しそうだね」
ちょこんと背伸びをしながら上の棚までを指差し確認で終えた彼女は、お手本のお盆を手に取って私の隣に座った。
改めて目をやるとバランスの良さそうな食事に、若干の感動を覚える。
学生に作らせるのだから、栄養なども完全に計算されているのだろう。
一人暮らしになると色々と適当になりがちだからこそ、こういう料理って感じの品々は見ることすら珍しい。
定食屋だと料理! ってより商品! って感じだし。
「明里の手料理……」
そんな料理を見て、ついつい唾を飲み込んでしまう。
家庭的、何をとっても家庭的。
私も料理は出来ないことはないけれど、やっぱりここまで綺麗に仕上げるのは難しい。
料理というタイトルのイラストがあれば、きっとこんな感じだろう。
「なに? 食べたいの?」
「えっ!?」
びくっと身体が勝手に反応してしまった。
食い気がバレてた……?
なんの気なく聞いたはずだろうに、露骨に食いついてしまうのを必死に抑える。
「食べる? 完全に冷めちゃってるけど、それでいいなら」
「いいの? う、うん……!」
我ながらがっついてしまってる。
でも……食べてみたい。
明里の手料理を食べて、彼女の味を知りたい。
食べて知って、家庭を想像してみたい。
いやここまで考えるのは気持ち悪いかもしれないけど、それだけ価値があると思っていて。
はい、そうです、私は、えぇ。
「食べたい……かも」
「いいよー。いやぁ自分の手料理を家族以外に食べさせるなんて恥ずかしいなぁ」
そんなことを言って笑うと、料理の乗ったおぼんを滑らせて私の前に置いた。
「ほら、召し上がれ。持ってる菓子パンはお代の替わりに貰います」
ひょいと菓子パンを取り上げられ、改めて料理を見つめる。
平皿に生姜焼きとキャベツの千切り、プチトマトが乗っている。
ご飯にわかめと豆腐のお味噌汁……。
「……どれから食べようかな」
「ぷっ……! 琴乃、小学生みたいなこと言うね……ハハっ!」
なぜか明里は吹き出してこちらを見た。
笑顔を見せてくれるのは嬉しいけど、真剣
「いや……! だって、せっかくの手料理なんだよ? なかなか食べれないよ? 旦那さんに匹敵すると思うんだけど」
あれ、私ってこんな感じだっけ。
なんか唯乃に当てられて饒舌になってる気がする。
「だからってそんな真剣に考えなくていいのに」
そうかなぁ……。
とかなんとか思いながら眉根を寄せて真剣に迷っていると、彼女は笑ったまま体を寄せて私から箸を取り上げて、生姜焼きをつまみ上げた。
「ほら、あーん」
手を受け皿にしてこちらに突き出すようにギョッとした。
それはそれは……なんか一線超えてる気がする……!
「えっ? あ、いや自分で出来るよ」
「いいじゃん。誰も見てないし、仲良いのは生徒も他の先生も知ってるし」
仲良い……どころじゃ済まないでしょこれ……っ!
ただ、私の中の葛藤に気づくことなく明里は口を尖らせた。
「ほら早く、手に垂れる」
「ん、あーん……」
目を瞑って口を開くと生姜焼きが入り込む。
状況の背徳感にボールが跳ねるように心臓が速まる。
緊張で味がしない……ことはない。
こんなこと滅多にないんだからと、状況と味を1人で噛み締めようと味覚に神経を全部集中させた。
「美味しい……!」
一人暮らしが長いと手料理に疎くなる。
その温かみを冷めてしまっている生姜焼きから感じることが出来る。
醤油と玉ねぎの甘辛い味付けの豚肉から、噛むたびに生姜の香りが鼻から抜けていく。
冷えて固くなったはずの豚肉も、なぜか歯切れが良くて口の中で旨味がじんわりと広がっていく。
肉類はどれも好物だけと、これは格別に美味しく感じた。
「美味しいでしょ。家庭科の先生だからね、プロってもんよ」
本当に美味しかった。
冷めてもこれだけ美味しいのだから、きっと出来たてだったらもっと美味しい。
家庭科の先生の底力を感じる。
これに栄養学が加わっていると思うと無敵だ。
「なんかこうして味聞いたりするの、新婚みたいだね」
「んっ!?」
飲み込む前に喉を強引に通り抜けた生姜焼きをトントンと胃に落とす。
「あぁごめん、大丈夫? 大きかった?」
「大丈夫、大丈夫……びっくりしただけ」
ハンカチをこちらに差し出して下から覗き込む。
手で制しながら、顔を少し引いて距離を取る。
顔の近さ、心理的距離感の近さ、ボディタッチ。
全てがクリティカル。
とりあえず買っておいたお茶を飲んで落ち着けよう。
「……ん、ふぅ。そ、そうだね。こうしてもらえたら旦那さんはきっと幸せかも」
「なってくれても良いんだよ?」
「えっ!? あ、あー! うんっ!」
「うんって! なにそれ」
カラッと箒で掃いたような笑いを浮かべて、明里は菓子パンを口にした。
「……うん、ジャンクで美味しい。琴乃のセンスも悪くないね」
「家庭科の先生が言うことなの? 咎めるべきじゃない?」
「毎日じゃなければ許しますよ。出来た嫁ですから」
「そ、そうだね……っ!」
こんな会話を生徒に聞かれたらどうするつもりなんだろう。
てか、私たちってこんな友達だったっけ……?
意識するようになったからか一挙手一投足が……なんか近い。
気にしなかっただけで今まで何度、恋に落ちる瞬間があっただろう。
これはもう、決定的だ。
私は比山明里が好きだ。
恋人として結ばれることが出来るなら……。
私はその日に死んでもいいくらい。
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